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前ページ次ページThe Legendary Dark Zero 闇の眷属たる悪魔達の住まう魔界は実に様々な環境で構成された領域が存在する混沌の世界だ。 永久凍土に覆われ、その身を骨の芯まで痛めつけるほどの寒さで支配された極寒の領域。 逆に全てを焼き尽くす灼熱の業火と溶岩が広がる、魔界で最も過酷と言われる炎獄の領域。 魔界の住人でさえ参ってしまう瘴気が広がるだけでなく、彼らを飲み込み、森の一部としてしまう生きた深淵の密林が広がる領域。 どこへ行こうとも、魔界へと迷い込んだ者に待っているのはその過酷な環境に耐えられずに死に絶えるか、領域に住まう血に飢えた悪魔達の餌食となるかのどちらかだ。 昼も夜の区別もなく、時間の感覚さえ失いかねない混沌とした地獄の中を生き抜く方法はただ一つ。――己の力によって襲い来る敵を打ち倒すのみ。 スパーダはそれらの過酷な領域を含め、無限に存在する数多の混沌の世界たる故郷を、デルフリンガーと共に渡り歩いていた。 その間、彼らには『休息』『平穏』などといった二文字は決して許されない。 故に久方ぶりの故郷を懐かしみ、見物している余裕もスパーダには無かった。 「相棒っ! またあのエセ天使だぞっ!」 左手に装着されている篭手のデルフが焦ったように声を上げる。 だが、スパーダはデルフからの警告にも悠然と歩を進める足を止めはしない。 神々しい白光で満ち溢れた世界。そこには踏みしめるべき大地と呼べるようなものは存在しなかった。 広大な空間の中には、現世で見られるありとあらゆるものがそこかしこに浮かび無秩序に、上下の別もなく漂っている。 無数の岩塊、大理石の石柱や階段、城壁といった瓦礫などはもちろんのこと、中には巨大な彫像や白亜の城塞、塔さえも形を残しつつ存在していた。 それらの物体はこの光で溢れた空間そのものに照らされながら静かに留まっている。 天界と呼んでも差し支えない壮麗で神秘的な光景ではあるものの、頭上を見上げればそこに広がるのは全く別の光景がある。 禍々しい漆黒の暗雲が渦巻き、その中には巨大な朱色の瞳孔のような影が太陽や月のように、しかし不気味にぼんやりと浮かび上がっている異様なものだった。 そして、この光の領域に住まう魔の眷属達は……。 ――ハアアアッ! 荘厳な、威勢のある掛け声と共に光が、空間を漂う瓦礫の上を歩くスパーダ目掛けて右方から突っ込んできた。 眩しいほどの光に包まれたそいつは、手にする長大な青光の槍を突き出す。 スパーダは冷然とその槍を篭手のデルフで掴み取ると、そのまま相手ごと無造作に背後へと持ち上げて叩きつけた。 ガシャンッ、と甲高く割れる音が響くがスパーダは振り返りもせずに無数の幻影剣を発生させると背後に向けて一斉に射出する。 ――グオアアアッ! 重々しく威厳のある悪魔の断末魔が響き、気配が一つ消えたことを感じ取る。スパーダの横を背後から羽毛状の光が流れてきて、すぐに溶けるように消えていく。 悪魔の気配そのものは全て消えてはおらず、まだ何体もの悪魔達がスパーダの周りにいるのを感じ取っていた。 (しつこい奴らだ) この領域へ足を踏み入れてから何度も相手にしている悪魔達ばかりであったが、正直いって鬱陶しいこの上ない。 スパーダの正面上方から突如、三つの眩い光が透けるようにして姿を現した。 宙を漂う光の中にいるのはその体を純白の大きな翼に包み込んだ品格と威風に満ちた灰色の男女。翼と一体化している手の片方には青白く光る長大な槍を手にしている。 肩からも翼を生やし、さらには下半身さえも翼で覆われているそれは天使と見まごうごとき美しく神々しい姿であり、とても悪魔とは思えぬものであった。 だが、この姿も所詮は現世の者達を惑わせるための見せ掛けに過ぎない。 堕天使とも呼ばれる、天使の面をかぶったこいつらはフォールンと呼ばれている中級悪魔だ。 いい加減に見飽きているフォールン達にスパーダは思わず溜め息をつきたくなりつつも、背中のリベリオンを手にして無造作に垂らしながら瓦礫の道を進んでいく。 「ったく、あのエセ天使ども……。しつこいったらありゃしねえな」 デルフも何度となく現れたフォールン達の姿に辟易している様子だ。 6000年前も始祖ブリミルはこんな奴らを相手にしていて、当時のガンダールヴと共に手を焼いていた気がする。 確か、あの時ブリミルは……。 ――セイヤッ! 女顔のフォールンが手にする槍をスパーダ目掛けて投擲し、それをスパーダは素早く後に身を引いてかわす。 さらに後へとステップを踏んで下がった途端、瓦礫の地面に突き刺さった槍が雷鳴のような轟音と共に大きく爆ぜた。 まるで天の怒りが降り注いだかのような場面を連想する爆発の余波が、スパーダのオールバックの髪へと流れていく。 ――ハアッ! 右側面へ流れるように回り込んでいた男顔のフォールンの一体が槍を力強く振り上げる。 さらにもう一体のフォールンは地面の下からすり抜けて槍を突き上げてきた。 半分実体を持たないフォールンにとって今の状態では地形など全く意味を持たない存在なのである。 だからこそこいつらはこのような奇襲戦法を得意とし、そして地形を壁にすることで相手の攻撃を通さないようにするのだ。 スパーダはまずリベリオンを片手で振るい、右側のフォールンの槍を弾き返す。そして、地面から仕掛けてきたフォールンの槍をデルフを盾にして受け止めた。 「おっとぉ! 通しゃあしねえぜ!!」 フォールンの奇襲を防いだデルフが吠える。 リベリオンの反撃で怯んだフォールンに向かって飛び掛ったスパーダはリベリオンを振るってフォールンの体を覆っている翼に斬りつけていく。 さらに背後に出現した八本の幻影剣がスパーダの攻撃に合わせて様々な角度で振り回され、怒涛の連撃が繰り出されていった。 フォールンを包んでいる翼は中々に強固な結界としての役目を果たしており、このままでは本体に傷を付けることは叶わない。 だが、その翼そのものがスパーダの攻撃で傷付けられ、ヒビが入っていく。 ――フンッ! ――ハアッ! だが、当然他の二体のフォールンもスパーダに攻撃を続けてくる。頭上で槍を振り回す、槍を突き出すという方法で突進してきた。 スパーダは空間転移でその攻撃をかわし、背後から槍を突き出してきたフォールンの頭上に現れる。 フォールンの頭を踏みつけ跳躍し、身を翻すとそのまま瓦礫へと戻っていった。 瓦礫の上へと着地するとリベリオンを背に戻し、ルーチェとオンブラを手にしてフォールン達へと銃口を向ける。 既に発現させていた幻影剣を全てフォールン達に射出し、さらに新たな幻影剣を発現させては射出させていく。 そして、左手のオンブラの引き金を何度もの引き絞っては魔力を固めた銃弾を放ち、幻影剣と共にフォールン達の翼に傷をつけていった。 銃弾と飛剣の雨にフォールン達も焦っているようだ。既に一体は体を覆っていた左腕の翼が砕け散り、その隠されていた体が露となる。 その下にあったのは――醜い顔。 比喩でも何でもなく、大きく口の裂けた顔そのものがフォールンの胸から腹にかけて存在しているのだ。それはあまりにも不気味で奇異でしかない。 これが堕天使フォールンの本性。奴らはこの醜悪な顔こそが本体であり、人間の頭のようなものはいわば角や触覚に過ぎない。 スパーダはその醜く怪異な顔面に容赦なく、魔力を蓄積させていたルーチェから放ったより強力な魔力の弾丸を叩き込む。 ――グアアアッ! 強烈な銃声は広大な空間に反響し、フォールンの断末魔もまた大きく木霊する。 眩い光に包まれ、無数の羽毛状の光を魔力の残滓として残しながら、堕天使は昇天していった。 「おいおい、逃げちまうぜ。とっとと仕留めた方が良いんじゃねえか?」 「当然だ」 銃弾と幻影剣で同じように翼を砕かれていた二体のフォールンが醜い腹部の顔を晒しながらスパーダの立つ瓦礫より遠ざかっていく。 あれでフォールンは意外に臆病な存在であり、本体である己の醜悪な顔を傷付けられることを何より嫌う。 あの状態では地形をすり抜けることもできない。だからああして空間を漂う瓦礫などに身を隠そうと必死なのだ。 もっとも、悪魔としての再生力で時間が経てば翼も復活する。その前に仕留めるのである。 ……魔を切り裂き、喰らい尽くす閻魔刀を用いればフォールンの結界など無視して本体を仕留めることもできたのだが。 事実、ここに来てから今まではそのようにして手っ取り早くフォールン達を仕留めていた。だが、そればかりではつまらないからこうしてリベリオンも使うことにしたのだ。 大きな瓦礫の影にフォールン達が逃げ込んでいくのを見届けていたスパーダはルーチェ、オンブラを収め僅かに腰を落とすと、 背中から引き抜き斜に構えたリベリオンをさらに後へ引き絞るようにして構えた。 ルーチェ、オンブラに注がれるものよりもさらに強大な魔力がリベリオンの刀身に纏わりつき、赤いオーラを帯びていく。 オーラの色は時と共にさらに濃くなり、魔力の唸りの中にバチバチと魔力が弾ける音が混ざっていた。 いつだったか、ラ・ロシェールの町でロングビルのゴーレムを粉砕した時とほぼ同じ膨大な魔力がリベリオンに注がれている。 あの時はロングビルを配慮して三度に分けて放ったが、今度はその必要はない。 「Break Down!(砕けろ!)」 渾身の力を持って一気に振り上げたリベリオンから魔力が溢れ出し、鋭い剣風と絡み合って巨大な衝撃波を形成する。 ロングビルのゴーレムに放ったものよりさらに巨大な衝撃波がフォールンの隠れる瓦礫へと襲い掛かる。 スパーダの魔力が乗せられた衝撃波に触れた途端、瓦礫は砕け散ることもなく塵と化す。無論、それに飲み込まれたフォールンは断末魔を上げる暇もなく文字通り消滅した。 「しかし、本当にキリがねえな。相棒の忘れ物ってのは、一体どこにあるっていうんだい?」 「心配はいらん。もうすぐだ」 リベリオンを背に戻しながら疲れたように言葉を吐くデルフに答えるスパーダは改めて瓦礫の道を進んでいく。 丸一日、魔界中を突き進み、悪魔達を狩り、ようやくここまで辿り着いたのだ。 スパーダの真の力が封じられている領域はもはや目と鼻の先と言っても良い。 (我が主達と鉢合わせなかったのは幸運だな……) 魔界にはスパーダがかつて仕えていた魔帝ムンドゥスの勢力が残っているはずだった。故にその勢力に属する悪魔達と出会ってしまっても不思議ではなかったのだが、 これまでにスパーダが相見えていた悪魔達はどの勢力にも属さない純粋な魔界の住人達だけであった。 ……ましてや、間違って魔帝ムンドゥスと遭遇でもしてしまえば今の自分ではとてもではないが勝ち目がない。 (余計に不気味だな……) スパーダがこうして魔界へ舞い戻ってきた以上、魔帝ムンドゥスやその勢力が自分の存在を察知している可能性が高い。 それならば逆賊である自分に兵が差し向けられてもおかしくないのだが、何故かその兆候さえ感じられないのが不自然だった。 考えていても仕方あるまい。今は先を急ぎ、己の真の力を手にするのが先決だ。 ハルケギニアで日食が起こるまで時間がない。魔帝ムンドゥス以外の勢力が直接侵攻すれば、ハルケギニアの民達だけではそれを迎え撃つことはできない。 故にスパーダが彼らに力を貸してやらねばならないのだ。 空間を漂う瓦礫の上を歩き、時には飛び移り、先へ先へと魔界の深淵に向かっていたその時。 「む?」 瓦礫の上に飛び乗ったスパーダの視界が突如としてぼやけ始めた。 両目を交互に何度か開閉を続けていると、どうやら左目に映る視界が右目とは全く異なるものになっているようだ。別にモノクルに映像が映っているわけではない。 「どうしたんだい、相棒?」 デルフに呼びかけられつつ足を止めたスパーダは左目に朧げながら映りだした光景に意識を集中する。 すると、頭の中で何やらこの空間とは別の音声がざわめき出していた。 「もう、気持ち悪いったらありゃしないわ!」 頭の中にルイズの癇癪が響く。だが、その視界に彼女の姿は映らない。 シルフィードの上にいるのだろうか。蒼穹の大空が広がる光景がそこには映っている。 そして、その光景の中を飛び交う無数の影。 おぞましい奇声を上げながら突っ込んでくる醜悪なハエに酷似したそれは紛れもなく、下級悪魔のベルゼバブであった。 「ウインド・ブレイク」 ベルゼバブ達が前に座っているタバサの放った突風で吹き飛ばされ、バランスを崩して宙を舞った。 「バーストッ!」 そこに杖を握ったルイズの手が視界に入り、ベルゼバブ達のいる空間がピンポイントで小さく爆ぜた。 粉々に砕け散ったベルゼバブは肉片と体液を撒き散らして地上へと落下していく。 (きゅいっ! 気持ち悪いのね!) シルフィードが四散したベルゼバブの破片を慌ててかわすと、今度はベルゼバブとは別の金切り声のような奇声と共に赤い影が斜め上方から突っ込んできた。 「ファイヤー・ボール!」 視界には映らないが隣に座っているらしいキュルケが放った火球が赤い影達に殺到する。 だが、赤い影は素早く散開することでかわし、多方向から奇声を上げながら一斉に突進してきた。 液状の体で構成され、巨大なコウモリの翼で飛翔する悪魔達。 細長い腕と尾はあるが足は持たない、長いクチバシで獲物を啄ばもうとするそいつらはブラッドゴイルと呼ばれる下級悪魔だ。 本来はただの石像に過ぎなかったものが、魔力を持つ穢れた血を浴びて溶け合うことで命が宿り、血液状の肉体を持つ悪魔が誕生するのである。 「バーストっ!」 ルイズが杖を振り上げたらしく、その途端にシルフィードの周りを花火のような爆風が小刻みに幾度となく発生していた。 その中に突っ込んできたブラッドゴイルは次々と悲鳴を上げながら元の石像の姿へと戻って硬直し、ボトボトと地上へ墜落していく。 まるで巨大な網を用意して、その中にかかっていく虫か鳥のようだ。 ブラッドゴイルは熱などの急激な温度変化に弱く、先ほどのキュルケが放った炎を浴びればそれだけで液状の肉体が固まってしまうのだ。 それ以外の物理的な衝撃を与えると肉体が分裂し増殖してしまうのだが、彼女達はそれが分かっているのかブラッドゴイルが現れると必ずキュルケとルイズが迎え撃っていた。 (やるな) 関心するスパーダであったが、あまり楽観してもいられない。 視界に映る光景であるが、これはどうやらタルブの草原の上空のようだ。 その空にはアルビオンの旗を掲げている巨大な軍艦が十数隻に渡って停泊しており、飛び上がる竜騎士が悪魔達と共に次々とルイズらに襲い掛かり、タルブの村へも火をかけていく。 村人達であるが、森の方へ逃げていく姿がまばらに窺うことができた。その村人達を庇うようにしてルイズ達は戦っているらしい。 さらに軍艦の甲板から吊るされているロープを使って次々と兵達が草原に降り立ち、近隣の領主のものらしい100にも満たない軍勢が向かっていくのが見える。 (もう仕掛けてきたのか……) レコン・キスタがトリステインへの侵攻を始めた場面であることは明白だ。 裏で糸を引く悪魔の勢力と同調して、日食の日に攻めて来ると踏んでいたのだが自分の予想は外れたのか? だが、これはあくまでレコン・キスタ単体による侵攻に過ぎないらしい。悪魔達はブラッドゴイルとベルゼバブの姿しか見えない。 ……しかし、何故こんな場面が見えるというのだ? 未だ左目にはハルケギニアでの戦闘が映り意識もそちらに集中する中、スパーダの手は腰の閻魔刀へと伸びていた。 瞬時に抜刀すると一陣の鋭い剣閃が飛び、目の前に現れたフォールンの翼の結界もろとも肉体を斜に断ち切った。 「おい、相棒。どうしたっていうんだい?」 意識をこの場に戻し、体は自然に閻魔刀を納刀する中デルフが話しかけていた。 「ルイズ達の光景が見えるな。何だこれは」 「……ああー、そりゃ使い魔の能力だなぁ。使い魔は主人の目となり耳となる、ってな。そういえばルーンがいつの間にか復活してるっぽいな」 「何?」 背後に気配を感じたので幻影剣を出現させて後方に連続で射出させる中、スパーダは篭手のデルフを外してさらに左手の手袋も外す。 途端に険しい表情となり、そこにあったものを睨みつけた。 忌々しいガンダールヴのルーンがまたしても封印から目覚めており、手の甲で淡い光を放っていたのだ。 だが不思議なのは今までのようにスパーダを服従させようと強制力を働きかけてくるのが、今回に限ってそれを行ってこないのだ。 心なしか、ルーンの気力のようなものもこれまでよりかなり低くなっている気がする。 「ずっと封印されっぱなしだったからなぁ。おまけに封印されていなくても相棒はルーンの力を受けつけるようなタマじゃねえし、自信を無くしたか諦めてるんじゃねえのか?」 ルーンがルーンとしての役目を喪失する。ルーンそのものに明確な意思があるかはよく分からないが、そうだとしたらおかしな話だ。 「ならば何故、あのようなものを私に見せる」 悪魔の気配が無くなったので幻影剣の射出を止め、手袋とデルフを付け直しながら尋ねる。 「さあなぁ。最低限、ルーンとしての役目を果たそうとしてるのかもな。ま、俺もよく分かんねえけどよ」 スパーダを使い魔として服従させられないが、使い魔と主との繋がりだけでも保とうとしている。何と律儀な。 だが、スパーダは決してルーンに服従する気などない。自分に命令を下すことができるのは自分自身、もしくはかつての主のみだからだ。 (しばらくこうしておくか) このまま封印するのも良いが、ルイズ達ハルケギニアの民の様子を窺うことができるのでせめて現世へと戻るまではルーンの封印は後回しにして良いだろう。 「ボヤボヤしてはいられん。急ぐぞ」 気を取り直し、瓦礫の上を駆け出すスパーダ。 レコン・キスタが攻めてきた以上、早急にハルケギニアに戻らなければルイズ達だけでなく罪のないトリステインの民達も危ない。 あの軍勢ではとてもではないが、トリステイン側の力だけではレコン・キスタの侵攻に打ち勝つことはできないだろう。 ましてや、黒幕である悪魔の勢力が攻めてくれば尚更だ。 自分の代わりに勇敢に戦ってくれている者達に報いるためにも、スパーダは全力で光に満ちた混沌の世界を駆け抜けていた。 王都トリスタニアにアルビオンからの宣戦布告の報が届いてすぐ、城下にもこの一大事が知れ渡っていた。 途端に城下町は騒然となり、市民達は恐怖と不安、混乱に陥る。 アルビオンとは不可侵条約を結んでいたのではないのか。国内は戦争の準備など整っていないのにどうするのか。アルビオンはこのトリスタニアにまで攻めてくるのか。 そして、王宮はアルビオンにどのような対応をこれから取るのか。アンリエッタ姫殿下の婚儀が一体どうなったというのか。 小国であるトリステインにとってアルビオンの戦艦がここトリスタニアまで攻めてくるのも時間の問題だ、と誰かが騒ぎ立てることで市民達の不安と恐怖が煽られる。 平和な日常を送っていたはずの市民達は一瞬にしてパニックに直面していた。 だが所詮は平民に過ぎない彼らにできることなどなく、ただ慌てふためき続けるだけである。 「戦争? 戦争が起きたの?」 「テファは心配しなくて良いよ」 市民達が騒然とするブルドンネ街の中、ロングビル=マチルダは不安に狼狽するティファニアの肩を抱いてやった。 数日後にゲルマニアで行われる予定であったアンリエッタ王女の結婚式。その王女がこれから馬車に乗って出発するはずだったので、せっかくだからティファニアと一緒に 見送ってやろうかと思ってマチルダはこのトリスタニアを訪れたのである。 ティファニアも王女がどういう人物なのか期待していたのだが……。この様子では婚儀どころの話ではないだろう。 「とにかく、今日はもう修道院で大人しくしてなさい」 「マチルダ姉さんはどうするの?」 「大丈夫。テファがそんなに心配する必要なんてないから」 ティファニアの肩を抱きながらチクトンネ街の修道院を目指すマチルダは密かにほくそ笑んでいた。 アルビオンが……レコン・キスタがいよいよ攻めてきた。スパーダは明日の日食の日に攻めてくるかもしれないと言っていたが、一日程度の誤差など何ら問題は無い。 あいつらはマチルダから、ティファニアから大切なものを奪っていった。 レコン・キスタが滅ぼしたアルビオン王家により身分と家族を、そして今度はそのレコン・キスタの手によってこれまでマチルダが守ってきた孤児達の命を奪われたのだ。 彼らの生活費を稼ぐために〝土くれのフーケ〟という盗賊に身をやつし、貴族達への復讐を兼ねて犯罪行為に手を染めてまで守ってきたものを、奴らは容赦なく奪っていった。 (くそっ……あいつら……) 思い出したくもないのに、マチルダの頭の中では未だ子供達の末路が呼び起こされる。 ――魔物や亜人の細胞を組み込むことで、我々は人を超える天使の力を得られるのだ。 ――やはり、こんな子供を相手に儀式を行っても体も精神も耐えられないみたいだな。 ――見ろ。もう人としての意識も持たない、ただの血に飢えた化け物だ。 ――こんな役に立たないガラクタどもはな、こうして処分してしまえば良いのさ。 スパーダが仕留めてくれた(正確には違うが)ワルドの酷薄な笑みと言葉。そして見せしめのように見せ付けられた子供達の変わり果てた姿。 ぎり、とマチルダは唇を噛み締め、苦い表情を浮かべていた。 (奴ら……絶対に許さないよ) 悪魔のような所業に手を染め、自分達を苦しめ大切なものを奪い去っていったレコン・キスタへの復讐。それがマチルダの新たなる杖を振るう理由。 〝土くれのフーケ〟を敵に回せばどうなるか、今こそ奴らに思い知らせてやる。 (そろそろ借りも返さないといけないしね) そして、自分達に何度も救いの手を差し伸べてくれた、人の心を宿す伝説の悪魔、魔剣士スパーダ。 彼は明日の日食にこの世界に現れるという、悪魔達を迎え撃とうとしているという。 現在、レコン・キスタに侵攻されているタルブへと昨日から赴いているそうなので、そこで剣を振るって戦うであろう彼の力になることができる。 そろそろ自分達を助けてくれた恩に報いなければマチルダ・オブ・サウスゴータとして、そして人間としての名折れだ。 アルビオンからの宣戦布告より数時間後の午後。 アンリエッタ王女による陣頭指揮の元、タルブに陣を張ったアルビオン軍を迎え撃つための王軍が編成されていた。 主な構成は状況を既に把握しアンリエッタの呼びかけで即座に召集した、三種の幻獣を駆る近衛の魔法衛士隊。 さらに彼らからの連絡を受け、竜騎士隊や城下に散らばった王軍の各連隊も直ちに召集されていた。 つまるところ戦う意志を持つ者、そしてトリステイン王家に心から忠誠を誓う者達が此度の戦へと赴くことになったのである。 しかし、如何せん急ごしらえでかき集められた軍隊であるためにその兵力はわずか2000程度にしかならない。 元々、戦争の準備を整えていなかったがためにトリステイン王国が配備できる兵力はこれで精一杯だった。 おまけにメルカトール号を始めとする主力艦隊を失い、制空権をアルビオンに完全に奪われてしまったことも致命的な痛手であった。 軍事同盟の盟約に基づいてゲルマニアへ軍の派遣を要請したものの先陣が到着するのは三週間後などという答えが返ってきた。 彼らはトリステインを見捨てる気なのだろう。いくら軍事同盟を結んだとはいえ小国のトリステインへの加勢のためだけに戦力を失いたくはないということだ。 もっとも、アンリエッタ曰く「ならばそれで結構。ゲルマニア皇帝との結婚は無期延期とします」と強気に返していたのだが。 「姫殿下の輿入れが、まさかこんなことになるとはな……」 竜の意匠が鍔に施された大剣を背負う金髪の女剣士は戦争が始まったことによる混乱が続くトリスタニア城下のチクトンネ街の大通りを進んでいた。 平民出の軍人であるアニエスの今日の仕事は、アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式場の警備のはずであった。 宮廷の貴族達にとって、メイジではない平民でしかないアニエスのような人間は正直邪魔者に過ぎない。 『下賎な平民ごときに何ができる』 『剣しか振れない平民にはちょうど良い似合いの仕事だ』 そうこき下ろされ、嘲笑われる彼女達は必要な時だけ呼び出され、しかもメイジ達にとっては物足りない、もしくは厄介事でしかない仕事を押し付けられてばかりだった。 それはほとんどはした金で雇われ使い捨てられる傭兵のような扱いに等しい。 そして貴族達が与えた仕事で不始末が起きると、彼らは口々にこう吐き捨てる。 『だから平民など役に立たないのだ』 かといってその仕事にメイジ達が割り当てられることはなく、平民である彼女達に任され続ける。 結局は保身が大事である多くの貴族達にとっては些細な失態で不名誉を負いたくないがための矛盾に満ちた意識と行為であった。 まあ、貴族達のそんな考えなど平民のアニエスにとってはどうでも良いことなのだが。 「戦支度くらいはしないとな」 やがてアニエスが辿り着いたのは、一軒の建物。そこは一階が小麦粉などの穀粉を取り扱っている店であった。 店主であるふくよかな中年女性が現れたアニエスの姿に目を丸くする。 「おや、アニエスさんじゃありませんか!? 今日は仕事があるって……」 「ああ。忘れ物を取りに来ただけだ」 そう言いながら、アニエスは店の奥へと入っていき、階段を上がっていく。彼女はこの建物の二階の一部屋を借りているのだ。 部屋に入ると、アニエスは机の上に置いてあったゲルマニアの名工ペリ卿に特注で作ってもらった対魔物・悪魔用の砲銃を手にし、革帯で肩に吊るしていた。 そして同じく机に置かれているベルトを腰に身に着ける。そのベルトの周りには、この放銃に装填される小さな太いドングリ型の弾が10個、並べられるように固定されている。 婚儀の警備にこのような代物を持っていくことができなかっために今日は使わない予定だったのだが、戦となれば遠慮も配慮も必要あるまい。 準備を整えたアニエスは部屋を後にし、建物の外へと出ていく。店の主人は彼女が完全武装して出てきたのを目にして息を呑んでいた。 (お前も存分に振るえそうだな) 馬に乗るため駅に向けて大通りを歩くアニエスは背負っている大剣・アラストルの柄に手をかける。 この稲妻の魔剣は屈強の剣士であるアニエスに更なる力を与えてくれるだけでなく、その命を守ろうとしてくれていた。 力ある強者に大いなる加護を与えるアラストルは、もはやアニエスにとっては無くてはならない相棒といっても過言ではない。 故に今回の戦でもその刃に宿る力を全力で引き出してやろうと闘志を燃やしていた。 「アニエス殿!」 「待たせたな」 ブルドンネ街入り口の駅に到着すると、そこではアニエスと同じく各所を板金で保護した鎖帷子に身を包む20名弱の女戦士達が馬に乗り込んでいた。 全員が腰に剣と短銃を携え、さらにはマスケット銃などを革帯で肩に吊るして武装している。 彼女達は今日、アニエスと共に本来婚儀の警備を行うはずであった同僚達であり、彼女が配属されている平民で構成された一小隊である。 同じ女性ではあるがアニエスと同じく男などには負けない気迫と苛烈さを持ち、熟達した腕前を持つ戦士ばかりだ。 もっとも貴族達にとってはメイジにも劣る弱小集団だと見下されているのであるが。 「既に各連隊はアンリエッタ王女の率いる本隊と共に行軍し、タルブへと向かったそうです」 「よし。我々もすぐに合流する。敵はアルビオンの兵や軍艦だけではない。決して気を抜くなよ!」 『はっ!!』 馬に乗り込んだアニエスから檄を飛ばされ、他の女戦士達もそれに答えて返礼した。 剣と銃を武器にして戦う彼女達は、これからメイジ達でさえ味わったことのない戦いの中に飛び込むことになる。 アンリエッタ王女が率いる2000の軍隊が出陣し始めた頃、タルブの草原では熾烈な戦いが続いていた。 タルブの領主、アストン伯が防衛のために出向いた90名弱の兵達は上空に停泊している戦艦から地上に降り立っていくアルビオンの兵達へと突撃していた。 侵攻拠点とするには最適な場所であるタルブの草原ではあったものの、上陸を開始したばかりのアルビオンの地上部隊はまだ戦闘準備そのものが整っていないために その軍勢をまともに相手をするのは厄介なことである。彼らはタルブ伯の領軍からの突撃に押され気味であった。 本来ならばアルビオン産の火竜に騎乗した竜騎士達が空から地上部隊の援護を行えば良いのだが、彼らにとっては予想外の事態が起きているのだ。 「生意気な小娘どもめ!」 火竜に搭乗している竜騎兵の一人が舌打ちをし、呻いた。 それはタルブ村上空であるこの空域を飛行している他の竜騎士達とて同じである。 「たった一騎だぞ! 我らがあんな子供ごときに……!」 彼らが忌々しそうに睨んでいたのは、空域を飛び回る一匹の風竜。 初めはたった一騎だということで舐めてかかった竜騎兵達であったが、その侮りこそが彼らの誤りだったのだ。 風竜の吐くブレスは攻撃力こそ低いものの火竜よりも速度に優れるために、火竜のブレスも彼らの魔法も中々当てることができない。 作戦開始から姿を現していた自軍勢である異形の魔物達も、ことごとく屠られていっている。 「ファイヤー・ボール!」 「エア・カッター!」 的の大きい竜を狙らい、当たりさえすればそれだけで搭乗者もろとも地上へ墜落する。火竜の火炎のブレスであれば翼ごと搭乗者を焼いてしまうこともできるのだ。 「何故、効かん!?」 だが、運良く当てることができたとしても風竜の体は一瞬、赤く発光するのみでまるで傷がつかない。 搭乗者の青髪のメイジが杖を振ると、風の障壁によって阻まれて攻撃が届かない。 おまけにその竜に乗っているのは、トリステインの竜騎士などではなかった。 ……ただのメイジの学生。それも三人の女だ。 「そろそろ引き上げ時じゃない?」 アルビオンの竜騎士達の攻撃をかわし続けていたシルフィードの上でキュルケが呟く。 横から突っ込んできたブラッドゴイルにファイヤー・ボールによる火球をぶつけて石にし、地上へと落としていた。 「何言ってるのよ! まだいけるわ! このままあの竜騎士達を倒しちゃっても……」 「村人達の避難は済んでいる。これ以上、彼らを引き付ける必要は無い」 杖を振るって自分達を取り囲む三匹のベルゼバブを『炸裂』の魔法で吹き飛ばしながら意気込むルイズであったが、タバサがちらりと地上へ視線をやって冷静に呟いていた。 竜騎士達が放ってくる魔法や火竜のブレスを避けきれないため、エア・シールドによって攻撃をできるだけ通さないようにしているのだ。 シルフィードに当たってしまっても、スパーダから託されていたスメルオブフィアーによる結界を先ほど施していたために万が一、何回かは被弾しても大丈夫である。 「で、でも……あたし達が逃げたらこいつらもあっちへ行っちゃうわよ?」 納得できないルイズが指すのは、草原に降り立ったアルビオン軍と戦っているタルブ領主の軍勢である。 タルブの村人達を逃がすために時間稼ぎの陽動を行っていた結果、つゆ払いのために村を焼いていた竜騎士達はそちらへと急行できないでいたのだ。 このまま陽動を続けていれば、抗戦している領主の軍勢が地上部隊を何とかしてくれるとルイズは思っていたのだが……。 「残念だけど、この竜騎士達がいかなくても彼らは全滅しちゃうわ。見なさいよ」 キュルケが空に停泊し続けている無数の軍艦を指し示す。 「100にも満たない軍勢に、その何倍の数の兵達がどんどん降りてきてるのよ? あれじゃあとてもじゃないけど、勝ち目がないわ」 初めは善戦していた領軍であったが、次第に数を増やしていく敵軍に囲まれて劣勢になっていく。 キュルケの言う通り、全滅するのは時間の問題であるのは目に見えていた。 だからといって、自分達が救援に向かえば二の舞になるだろう。おまけに十数隻もの軍艦が空から地上を砲撃してくるのだ。自殺行為もいい所である。 突きつけられた現実に、悔しげに唇を噛み締めるルイズ。 このまま彼らを見殺しにしなければならないだなんて。自分達メイジの力も、何百もの軍勢や巨大な軍艦相手には無力なのだ。 「とにかく、一度例の門がある広場へ戻りましょう。もしかしたら、ダーリンが戻ってきてるかもしれないし」 「退却」 頷いたタバサが短く呟くと、竜騎士の魔法をかわしたシルフィードが大きく翼をはばたかせ、戦闘空域を離脱するべく反転する。 「逃がしはせんぞ!」 「我らを敵に回して生きて帰れると思うか!」 当然、竜騎士達は自分達の敵である彼女達を易々と帰そうとはしてくれない。 何より、ハルケギニア最強と言われるアルビオン竜騎士隊のプライドもあり、おめおめと敵を討ち漏らすなど屈辱でしかないのである。 「しつっこいわね!」 背後から次々と魔法や火竜のブレスが飛んでくるのをシルフィードは必死にかわしている。 風竜とはいえ幼生であるシルフィードは全速力を持ってしても、良くて火竜よりも僅かに速いくらいのスピードしか出せない。故に中々振り切ることができなかった。 後ろを向いたキュルケは杖から炎の渦を放って竜騎士達を牽制した。左右に避ける竜騎士達の攻撃と追走が一時的に止む。 「ウィンディ・アイシクル」 さらにタバサも氷の矢を拡散させることで回避に徹する竜騎士達が追撃を再開できないようにしていた。 その間にシルフィードは彼らの攻撃の射程外へと逃げることに成功する。 「バーストっ!」 僅かに残ったベルゼバブやブラッドゴイル達はしぶとく追いかけてくるが、ルイズが放った爆発による爆風の中へと突っ込み、そのまま地上へと墜落していく。 三人を乗せたシルフィードは一度、タルブ近郊の空域から外へと向かった。 追っ手が来ないことを確認すると、そこから40メイルほど低空を飛行しつつ大きく迂回して南側からタルブへと戻っていく。 どうやら竜騎士達は地上部隊の援護に向かったようだ。領軍は……考えるまでもない。 「降下」 広場のある森の上へとやってきて、降下を始めるシルフィード。 ルイズはその間、タルブの制圧を推し進めているアルビオン軍を口惜しそうに眺めていた。 (何よ……今に見てなさいよ……) スパーダが戻ってきたら、彼の力を借りて必ずアルビオンの軍艦を叩き落してやることをルイズは心に固く誓っていた。 悪魔なんかの力を借りてアルビオン王家を滅ぼし、あまつさえこのトリステインを侵略しようとしている恥知らずな輩には鉄槌を下さなければならない。 それを自分の手で果たしてやらねば、ルイズの心から湧き出る怒りは収まりそうもない。 「まだ戻ってきてないのね……」 シルフィードは広場の中央に着陸するが、相変わらず地獄門に開けられた次元の裂け目からは瘴気がこちら側に流れ込んでくるのみだった。 そして、石版の周りではスパーダが従え、留守を任せている悪魔達が静かに佇んでいる。 ゲリュオンは荒々しく息を吐きながら蹄をその場で踏み鳴らし続けている。 無数のコウモリ達を侍らすネヴァンはケルベロスのヌンチャクの輪に腕を通し、くるくると回して弄んでいた。 その隣でネヴァンの姿を写し取っていたドッペルゲンガーはその動きを真似ている。 みんな退屈そうな様子であったが、関わり合いになるのはよそう。 「ま、仕方ないわ。このままここで待ちましょ」 スパーダが帰還していないことを残念がるルイズにキュルケが言う。 明日の日食までもはや時間が無い。それどころかアルビオンが先に攻めてきたという最悪の状況だ。 本当にスパーダが日食の時までに帰ってくるのか、ルイズは少し不安になっていた。 タルブの村人達はアルビオンの戦艦がトリステインの艦隊を全滅させてしまったという光景を陰で目にした時、何か恐ろしいことが起きていると理解はしていた。 戦争が起きたのか? だがしかし、アルビオンとは不可侵条約を結んでいるはずだ。では、今目の前で起きたのは一体なんだ? 不安と困惑が彼らの心に渦巻き、アルビオンの艦隊がこのタルブへと向かっている間もただじっと陰で見ていることしかできなかった。 あまりの異常な事態に、彼らは今すぐすべきことを失念していたのである。 そんな村人達を動かしたのは、一つの叫び。 「 み ん な 逃 げ て え え え ぇ ぇ ぇ っ ! ! 」 村中に突如響き渡った、少女の絶叫。 恐怖と緊張が入り混じりながらも、力をふりしぼって外へと吐き出された声は家の中に引っ込んでいた村人達の耳に届いていた。 ――逃げろ。 たったそれだけの言葉が、失念していた村人達を突き動かした。 アルビオンの艦隊が上空に停泊する前に聞き届けられた必死の叫びのおかげで、村が焼き払われる前に全ての者達がその外へと逃げることができたのだった。 「お姉ちゃん、怖いよぉ」 「えぇ~ん!」 村人達を逃がした叫びを発していたシエスタもまた、泣きじゃくる幼い弟妹達を連れて南の森へと向かって走っていた。 父は家にいる母を連れに戻り、我が子達をいち早く安全な場所に逃げるように命じていたのだ。 「大丈夫……大丈夫だから……」 弟妹達をなだめるシエスタの顔は、真っ青だった。 本当はシエスタ自身も、恐怖と緊張でその身を震わせているままだったのだ。激しく高鳴る心臓も、息苦しさも未だ収まる様子がない。 ちらりと肩越しに空を見上げると、そこには目を背けたくなるほどの恐ろしい光景が広がっていた。 (悪魔……) タルブ上空に停泊する軍艦から次々と飛び上がる竜。だが、それよりももっと恐ろしいものが目に入る。 竜達と共に空を飛び交う異形の影。それはシエスタが密かに存在を感じ取っていた血に飢えた闇の眷属達だった。 気配を感じるだけで苦しくなるというのに、直視をすれば余計にひどくなる。 ……とにかく、今は逃げるしかない。 シエスタはもはや振り返らずに弟妹達を連れ、他の村人達と共に南の森を目指して駆けていった。 紫に妖しく輝く雲海が一面に、どこまでも広がっている。 頭上にあるのは空ではなく闇。ただそれだけだ。星も太陽も、月さえもないこの混沌の世界の空に広がるのは、ほとんどが禍々しい暗雲である。 だが魔界の奈落の底、深淵の奥深くともなるとその暗雲はおろか空さえも存在しない領域もあるのだ。 この領域へと足を運ぶのは、実に1500年以上も久しい。 雲海の中から突き出るように伸びているのは、切り立った細い断崖絶壁がいくつも集まることで出来上がった禿山である。 その高さは優に1000メイルにも達し、雲海と闇だけが広がる空間を地平線の彼方までどこまでも見渡すことができる。 ここには道などというものが存在せず、岩場を飛び越えることでしか登ることのできない険しい場所だ。 スパーダはその禿山の岩場を何度と無く飛び移っていくことで、難なくその頂へと上がっていた。 「やっと頂上だな! しっかし、とんでもねえ場所だな。火竜山脈なんか目でもねえぜ」 左腕のデルフが歓声を上げる。光で満ちた空間から一転した闇の空間は、まさしく魔界と呼ぶに相応しい過酷な所だ。 かつて始祖ブリミルが迷い込み、すぐに逃げ帰ってきた所に比べれば天と地以上もの差である。 スパーダは禿山の頂を歩き、前へと進んでいった。この領域に悪魔達の気配はない。 高低差が激しく複雑な地形であった頂の上を歩いていると、その先に何かが見えだす。 「何だ、ありゃあ?」 デルフが怪訝そうに声を上げた。 禿山の頂の一角、岩に突き立てられているものがあった。スパーダは真っ直ぐと、そこへ近づいていく。 「これが、相棒の忘れ物なのか?」 「ああ」 目の前に立ち、見下ろすそれは一振りの両刃の長剣であった。今背負っているリベリオンより少し短い140サントほどの長さである。 剣首には三面の髑髏の意匠が施されており、刃幅もリベリオン並に広いのだが剣先に沿って狭くなり鋭くなっている。 一切の無駄がない造型はリベリオンほどの重厚さや迫力はないものの、逆にリベリオン以上に研ぎ澄まされ洗練された鋭さと威圧感を備えていた。 そのような威厳に満ちた長剣が岩にしっかりと突き立てられていた。まるで御伽噺にでも出てきそうな伝説の剣が封印されているような光景である。 「こりゃあ、ただの剣じゃねえか。こんなもんを取ってくるために里帰りしたっていうのかよ」 デルフが拍子抜けした様子で呟いていた。かつては剣であった彼としてはそこらの店にある品と大して変わらないように見えているようだ。 事実、〝今〟のこの剣からは何の魔力も感じられない。愛用のリベリオンや閻魔刀でさえ振るわずとも魔力を纏っているというのに。 だがそれは表面上に過ぎない。この剣は現在、完全に封印されいわば仮死状態になっているのだ。 (久しいな……) スパーダは目の前にある長剣――1500年ぶりに、己の分身を感慨深げに見つめていた。 かつてスパーダが魔界と決別する前に振るっていたのも剣であった。魔剣士スパーダを象徴するものはやはり剣であり、様々な魔界の剣を手にして振るったこともある。 だがスパーダが最も長きに渡って使いこなしていた剣はたった一振りのみ。 それが目の前にあるこの長剣。スパーダの魂から作り出された、彼自身の力が写し取られた化身。 その剣を手に魔界の抗争を生き残り、そして魔帝ムンドゥスの人間界侵攻を食い止めたのだ。 だが、この剣は現世に留まる前、魔界の奥深くの領域であるこの場所へと封印した。 己の強大過ぎる力の大半を、この分身へと移すことで人間界で活動するのに支障が出ないようにしたのだ。 本来ならばそれでもう再び使うことは無いと思っていたのだが……。 (今一度、私と共に。我が魂の化身よ) スパーダは胸元のスカーフからアミュレットを外し、剣の真上でかざしていた。 銀と金、二つの面を持つ縁の中央には血のような真紅に輝く宝玉が淡い光を発し始める。 やがてアミュレット全体が赤い光に包まれると、スパーダの手から離れてひとりでに長剣の中へと吸い込まれていった。 「おおっ!? な、何だぁ!?」 その途端、長剣の全体から夥しいほどの魔力が紫のオーラとなって溢れ出し、炎のように揺らめいていた。 今まで何の魔力も感じられなかった剣から、今度はスパーダもはっきりと分かるほどの強大な魔力が満ち溢れている。 アミュレットは封印を解除するための『鍵』の役目を果たしているのだ。 剣の柄を両手でしっかりと握り締める。1500年ぶりに手にする分身の手ざわりはすぐにスパーダの手に馴染んだ。 それを一気に引き抜いた途端、岩場が突如として大きく揺れだした。 幾多に集まって禿山を成している切り立った岩場が突如として崩れだし、スパーダが立っている岩場を中心にして放射状に弾けていく。 遥か下の雲海へと落ち、そしてせり上がりだしていた。 「我が魂にして、仮初めの化身よ。今一度、我と共に」 スパーダは己の分身――フォースエッジを天に向かって力強く掲げた。 溢れ出る魔力はその元であるスパーダの全身に浸透していき、彼の全身を紫のオーラが包み込んでいた。 フォースエッジと現在のスパーダの身に宿る魔力が融合し、その力はさらに高まっていく。 「とほほ……何てこった。こんなすげえ魔剣があっただなんて。俺の出る幕じゃねえ。完敗だ……完敗だよ……」 フォースエッジから流れ込んでくる魔力を感じ取り、デルフはさめざめと泣き出していた。 かつては伝説の剣であった彼は、このフォースエッジが自分を軽く凌駕する伝説の剣であると認めざるを得なかった。 これだけ強大な力を宿した魔剣など、ハルケギニアのどこを探しても見つかりはしないだろう。 故に同じ剣として、敗北を認めなければならなかったのだ。 スパーダはゆっくりと正面にフォースエッジを構える。未だ溢れ出る魔力が紫のオーラとなって纏わりついている。 リベリオン以上に研ぎ澄まされ、洗練された白刃が静かに煌く。 「フンッ!!」 掛け声と共に袈裟へと力強くなぎ払った。 刃に纏わりつく魔力が剣圧となり、離れた岩場へと直撃する。 フォースエッジの一撃を食らった岩場は、粉々に砕け散ってしまった。 (強すぎるな……) フォースエッジをゆっくりと前に降ろすスパーダは苦い顔を浮かべていた。 分身であるこのフォースエッジはスパーダの魂そのものであるのだが、この状態はまだ真の力を発揮しているわけではない。 この状態で発揮できる力はせいぜい全体の1/4ほどのものでしかないが、1500年の間に新たに高まった今のスパーダ自身が持つ魔力と合わさることで 全盛期だった頃の半分以上のものとなっていたのだ。 故に、完全に力を引き出してしまうのはやめておいた方が良さそうだ。そうなると全盛期のスパーダの力を超えることになってしまう。 かつてのスパーダをも超えたその力ならば魔帝ムンドゥス級の強大な悪魔を相手にしても不足はしないだろうが……その力を発揮するのは最後の手段とした方が良いだろう。 ましてやハルケギニアでその力を引き出し続ければ安定を崩すどころかハルケギニアそのものを滅ぼしかねないのだ。 (本当の意味での切り札だな……) 強大過ぎる力は使い所を少しでも誤れば己自身をも滅ぼしかねない諸刃の剣となる。それを力ある強者たるスパーダは最も理解していた。 前ページ次ページThe Legendary Dark Zero
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我が最愛の父、偉大なるトリステイン王はかつて私に言いました。 「頂点に上り詰める『資格』のある者は常に只一人なのだ。 この世界が必要とする『帝王』は常に一人きり……その『帝王』こそは『私』だ。 そしてアンリエッタ、私が死んだ時、次の『帝王』として選ばれるべきはお前だ。 我が最愛の娘、トリステイン王国の次なる支配者よ。 『帝王』としての私の『血統』を受け継ぐがいい。 それこそがこの父がお前に遺してやれる、ただ一つのことだ」 やがて父王が崩御された時、私は名実共にトリステイン王家の次期国王の座を継承しました。 その際、我が母マリアンヌ王妃が女王として即位する道もあったのですが、他ならぬ母上自身が 女王即位を辞退した為に、実質的にこの私が国家の象徴となって政に携わることになったのです。 そしてその日から、我が王家の家臣団は完全に二つの派閥に分かたれたと言っても良いでしょう。 即ち、若き王女を補佐して今後のトリステイン王国を守り立てて行こうとする者。 そして右も左もわからぬ小娘を傀儡として、自らの利権を第一に考え私腹を肥やそうとする者。 無論私とて、全ての家臣が清廉潔白であるなどと考えたことなど一度もありません。 父の統治の時代にも、多かれ少なかれ、皆の目の届かぬ所で不正を働く者はいたことでしょう。 ですが、父が亡くなると共にああまで露骨に私をお飾りの人形として押し止めようとする者達が大勢現れるとなると、最早怒りを通り越して爽快な気分になってくるから不思議なものです。 一つ、歌でも歌うべきなのでしょうか。 国政に携わるようになってから、私が実感したのは早急な地盤固めの必要性でした。あのマザリーニ枢機卿のように、有能かつ私に対する忠誠心の厚い者を次々に登用し、そして ゆくゆくは、このトリステイン王国の全てを私の意のままに操れるようにならなければなりません。 それこそが、亡き父からトリステインの支配者の座を受け継いだ私の使命なのですから。 また、そんな家臣団の問題とは別に、最近耳にする不穏な者共の話も懸念事項の一つでした。 旧来の王族による統治を良しとせず、貴族による新しい政治体制を築こうとする思想の賛同者達が 世界各地で増殖しているとか。それだけならば只の噂で済んだのかもしれませんが、彼らの存在は 既に現実の脅威として認識しなくてはなりません。 天空に浮かぶ大陸に築かれた、アルビオン王国。 私にとって父方の従兄であるウェールズ・テューダー王太子を始めとするアルビオン王国の王党派は既に『レコン・キスタ』を名乗る貴族派のクーデターによってその勢力を追いやられ、今やアルビオンの実権を握った貴族派の軍勢によって討ち取られるのを待つばかりであるとか。 かつて、ラグドリアン湖の湖畔で永遠の愛を誓った私とウェールズ様。そのウェールズ様が今、命の危機に晒されている。 本来ならば今すぐにウェールズ様を救い出し、我がトリステイン王国に亡命させるべきなのでしょう。 ですが今のトリステインにとっては、ウェールズ様の存在は寧ろ足枷にしかならなかったのです。 かつて、私がウェールズ様に送った恋文。 その存在が白日の下に晒されてしまえば、現在水面下で進められている帝政ゲルマニア皇帝と 私の婚約が白紙に戻されてしまう。そうなれば、婚約とともに結ばれる筈のトリステインとゲルマニアの 同盟協定も破棄され、やがてトリステインにまで侵攻して来るであろう、アルビオンを支配したレコン・キスタの軍勢にトリステインは自らの国力でのみ戦わねばならなくなるのです。 歴史や伝統こそあれ、トリステインの軍事力は今のアルビオンに比べれば遥かに小さい。 只でさえ足並みの揃わない今のトリステインでは、恐らくはアルビオンに勝つことは出来ないでしょう。 いいえ、そんなことは許されません。 私はトリステインを支配する『帝王』。 『帝王』は常に『頂点』に輝き続けねばならない宿命にある者のこと。 そして、トリステイン王国の敵は私の敵。 『帝王』に歯向かう者には、然るべき報いを与えねばならないのです。 「姫様。このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。姫殿下の御命令により、これよりアルビオン王国ウェールズ皇太子殿下の許へと参ります」 私がウェールズ様に送った恋文を秘密裏に回収せよ―― トリステイン魔法学院に通う私の遠戚であり、親友のルイズは確かにその命令を快諾してくれました。 これでようやく、わざわざ城を抜け出してまで、魔法学院にやって来た甲斐があろうと言うものです。 可愛い私の幼馴染は、私の頼み事ならば何でも聞いてくれる。 それは彼女が誇り高き貴族として王女である私に忠誠を誓う為であり、淡い恋心すらも許されない哀れな籠の鳥を憐れむ同情心であり、最愛の友人の助けになりたいと願う友情。 素晴らしい。彼女こそ、私が思い描く理想の家臣に相応しい。 常に『帝王』の手足となって働き、そこに何の疑問も抱かない、忠実なる私の僕。 それに、この危険な任務によって、彼女の真の『能力』が明らかになるかもしれません。 どれほど魔法を使った所で、『爆発』しか起こせない落ち零れのメイジ、ゼロのルイズ。 だけどもし私の目論見通り、ルイズがその『能力』の持ち主だとしたら、私の支配はより磐石な物となる筈。 私を『頂点』に押し上げてくれるのは、貴女なのよ、ルイズ。 貴女が任務を完遂して再び私の許へと戻って来てくれることを、アンリエッタは祈っているわ。 「――止まれ」 王城への帰路の途中、そんな願望で胸を一杯にしていた私を現実に引き戻したのは、突然響き渡ったその声でした。 周りを見れば、まるでこちらの退路を断つかのように、幾つもの人影が私の四方を包囲して行く。 「何者です?」 「アンリエッタ王女殿下とお見受けするが、如何か」 一番最初に声を掛けて来たリーダー格らしき男が、私に向かってそう尋ねて来る。 「無礼な態度ですわね。質問に対して質問文で返すなどと……」 「アンリエッタ王女殿下に間違いございませんな」 私の言葉を完全に無視して、その男はまるでこちらの正体を確信しているかのように言って来ました。 ばれているならば、隠す必要など無いでしょう。 私は意を決して、変装用に被っていたフードを外し、彼らに素顔を見せる。 「いかにも。私はトリステイン王国王女、アンリエッタです」 毅然とした態度で、私は彼らに向けてはっきりとそう宣言しました。しかし、その口調とは裏腹に、私は心の中で会心の笑みを浮かべていました。 思い通り。これこそが私の待ち望んだ状況だったのですから。 「やはりそうでしたか。王女殿下。失礼ながら貴女の身柄を拘束させて頂く」 リーダー格の男の一言によって、私の周囲を囲む者達も一斉に魔法の杖を引き抜き、その先端が 私に対して向けられる。 「抵抗されぬことをお勧めする。我々は御身自身の生死は問わぬ故に」 そういうリーダー格の男も、油断の無い仕草で魔法の杖を私に向けている。 彼らの包囲網は完璧でした。 これでは例え敵の一角を崩せたとしても、残りの者達による魔法で確実に仕留められてしまうでしょう。 いいえ、正確には、彼らの前で魔法の杖を引き抜く間も与えられない筈。 私に逃げ道はありませんでした。 少なくとも、私を包囲する彼らはそう思っていたようです。 ですが、私にはこの状況を切り抜ける術が一つだけあったのです。 それこそが『帝王』であるこの私に与えられた、『頂点』に輝く為の『能力』。 「――とぅるるるるるるる。とぉるるるるるるる」 突然、そんな奇声を上げる私の様子を見て、男達の間に僅かな動揺が走りました。 恐怖の余りに気が触れたとでも思ったのでしょうか。 少しだけうろたえた様子を見せながらも、それでも彼らは油断無く私に対する包囲を狭めて来ます。 「とぅるるるるる。とぉるるるるるる、るん!るん!とるるるるる、ぷつっ!」 ようやく、目当ての『彼』へと繋がったようです。私は軽く安堵の溜息を付きながら、指に嵌めたトリステイン王家の至宝である『水のルビー』を耳元に持って来る。 本来ならば何でも良いのですが、今はこの指輪が『彼』との会話に必要となる道具なのです。 「もしもし、アンリエッタです」 指輪越しに何者かと会話する私の姿に、いよいよ彼らは私が正気を失ったと判断したようです。先程よりも警戒を解いた様子をありありと窺わせて、私に向けて近付いて来ます。 (おお、アンリエッタ……私の可愛いアンリエッタよ……) 指輪を通して、『彼』の声が聞こえて来る。 少なくとも私にはそう感じられるのですが、生憎と『彼』の声は私以外の者には聞こえないのです。 ですので私は、訝しげにこちらを見やる男達のことは気にせず、『彼』に向けてメッセージを送り続ける。 「突然のことで申し訳ありませんが、御覧の通り、私は今窮地に立たされているのです。どうか、貴方の力を貸して下さらないでしょうか?」 (いいだろう……私のアンリエッタよ。存分に我が力を振るうがいい。このような連中など『お前』と『私』の敵では無い。『帝王』の力を奴らに思い知らせるのだ) 「はい」 『彼』の『能力』が全身に行き渡ったことを実感した私は、今まで乗っていた馬を悠然と降りる。リーダー格の男が慌てて何かを口走っている気もしましたが、そんなことはもう私の耳には入らない。 私はゆっくりと彼らに向けて一歩を踏み出し、『彼』から与えられた『能力』を解放する。 「キング・クリムゾン!!」 そして、『帝王』による制裁が始った。 「ば……馬鹿な…ッ!」 仲間達を皆殺しにされ、自らも深手を負ったリーダー格の男が呻く。 勿体無い。これだけの手際を見せた彼らを、王女の命を狙う刺客として処刑せねばならないなんて。 私はそんなことを思いながら、地面に転がる男に向けて一歩を踏み出しました。 「ひィッ」 男の顔が恐怖に歪む。 必死に逃げようとする物の、私によって脚を潰された以上は満足に逃げることすら出来ない筈。 私は必死に逃げようとする彼の目の前に立ち、その姿を悠然と見下ろしながら尋ねる。 「一つだけ聞かせて下さい。貴方達はレコン・キスタなのですか?」 「な……何…?」 「答えなさい。答えるのならば、その傷を以って罰と為し、命だけは助けましょう」 「……言わなければ?」 「トリステイン王女暗殺未遂の現行犯で、処刑します」 「ま…待て!そうだ、貴様の言う通り、我々はレコン・キスタだ!」 毅然とした態度で告げる私の言葉に震え上がり、男は慌てて首を縦に振った。 「我々は貴様等のような古き王族共による支配から脱却し、新しい秩序を得る為に立ち上がった!だがその考えは間違いだった……我々は貴様のような化け物を殺す為に団結するべきだったのだ!貴様は悪魔だ、邪悪そのものだ!呪われるがいい!そして我らレコン・キスタに栄光を――」 それだけ聞ければ充分でした。 私はキング・クリムゾンの右手を振るって、喚き散らす男の頭を叩き潰す。 既にこの場には私以外に動く者は無く、後に残るのは夜の静寂と私を照らす淡い双月の輝きのみ。 それを確認した後、私はゆっくりとキング・クリムゾンの能力を解除する。 使い魔召喚の儀。それはメイジが一生涯を共にする使い魔を召喚する為の、神聖な儀式。 自らもまたメイジである王族にとっても、欠かすことの出来ない大切な儀式の一つです。 かつては私もその義務に従って、召喚の儀式の日を迎えました。 しかし、結果は失敗―― 私は何も召喚することが出来なかったのです。 当然、宮中では大変な騒ぎになりました。 よりにもよって、トリステイン王国の王女ともあろう者が召喚の儀式に失敗するなど! 結局、この件に関しては厳重な緘口令が敷かれ、事件そのものが闇に葬られることとなりました。 だけど、本当は召喚の儀式は失敗などしていませんでした。 私にしか見えない、私しか知らない、私だけの使い魔が、常に私の側に立っていたのです。 それこそが『彼』――『キング・クリムゾン』。 自らを『スタンド』と名乗った『彼』は、私に対して、父と全く同じ言葉を口にしました。 「誰にも及ぶことのない『頂点』を目指せ。その先にある『絶頂』に辿り着いた者こそが真の『帝王』である。お前は『帝王』の道を歩むべき『運命』を背負っているのだ」 使い魔とは召喚した人間に最も相応しい存在が現れると言う。 『彼』と出会ったその日から、私は『帝王』として『頂点』に上り詰めることを決意しました。 それは父が私に残した遺言であると共に、私自身の『運命』であると確信したからです。 ですがその為には、私に課せられた数々の試練が目の前に待ち受けていることでしょう。 今、私の命を狙って現れたレコン・キスタも、きっとその中の一つ。 彼らの賛同者がトリステイン内部でも勢力を伸ばしていることは、今の刺客達のおかげで証明されました。 そう、城を抜け出す直前、私は唯一人にだけ自らの行き先を伝えておいたのです。 彼の名はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。 トリステイン王国が誇る三つの魔法衛士隊、その一つを任されている隊長であると共に、極秘裏に内偵を進めた結果、レコン・キスタのシンパである疑いが出た男。他にもレコン・キスタのシンパと思しき人物は何人か判明している物の、取り分け彼に対する嫌疑は極めて濃厚な物でした。 実際に現在の私の目的地を知る者は、誰かに公言していなければワルド子爵唯一人。 彼がレコン・キスタの一員であるならば、トリステイン王国の王女が一人で無防備に行動している隙を 逃す筈が無い。 そして実際に、先程姿を現した刺客は、私がアンリエッタであることを知った上でこの命を狙って来ました。 最早疑いようがありません。 ワルド子爵は祖国トリステインに弓を引く、薄汚い裏切り者に過ぎなかったのです。 それでも私は、そんな彼に対してアルビオンへ向かうルイズに同行するように命じました。 ワルド子爵がウェールズ様の許に辿り着いた時、彼はレコン・キスタの一員としてウェールズ様の命を狙うことでしょう。 ですが、そうすればトリステインにとって獅子身中の虫である彼を、堂々と放逐する理由も出来ますし、もし彼がルイズやアルビオンの王党派の手に掛かって斃れてくれるならば最高です。 そもそも、例えウェールズ様が本当にワルド子爵の手に掛かって命を落とそうとも、そんなことは最早大きな問題ではありません。 既にアルビオン王党派の敗北は決したも同然。 ルイズさえ目的の手紙を手に入れて、後はそれを無事に持ち帰るか、あるいはその手紙の痕跡を完全に消し去ってくれるならば、それだけで我がトリステインにとっては勝利となるのですから。 そうすれば、トリステインは心置きなくゲルマニアと同盟を結び、レコン・キスタに対抗出来る。 逆にレコン・キスタの前にトリステインが膝を折ることになれば、そこで全ては終わりなのです。 今の私には、もうウェールズ様の命よりも、トリステイン王国を守ることしか考えられなくなっていました。 ウェールズ様の存在は、今の私にとっては最早遠い昔に過ぎ去った『過去』に過ぎません。 『過去』はどれだけバラバラにしても、瓦礫の下から這い出して来るものです。 そして今、私の『過去』は現在の私を脅かす為に、再び私の目の前に立ちはだかったのです。 この私が『帝王』を目指す限りは、その『過去』には打ち勝たなくてはなりません。 そして私に歯向かう全てを瓦礫の下に葬り去らない限り、私は『頂点』で輝くことは無いのでしょう。 滅び去るがいい、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。 『帝王』に逆らいし者には死の制裁を。 そしてさようなら、ウェールズ・テューダー様。 貴方の愛したアンリエッタは、もういないのです。 あの時、二人で共に誓った筈の永遠の愛を、自ら遠い『過去』へと閉ざしてしまった今の私には、もう貴方の愛を受ける資格など無いのですから。 私は再び馬に跨って、全速力でトリステインの王城へと向かう。 『帝王』に迷いは不要だ。 私が『帝王』を目指す限り、常に勝ち続けなくてはならない。 一度『絶頂』を追い求めた者は、決して退いてはならないのだ。 例え、目の前にどのような苛酷な試練が待ち受けていようとも。 私はただひたすら走る。辺り一面に広がるのはただ深い夜の闇。 夜明けまではまだ遠い。 「……まさかこんなことで全ての『過去』を葬り去ることが出来るとはな。そして今置かれているこの状況……この女と言い、充分に利用する価値があるようだ。人は全てを乗り越えてこそ『頂点』へと辿り着ける。真の『帝王』は唯一人、このディアボロだ」
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前ページ次ページプレデター・ハルケギニア 波止場へと降り立ったエレオノールが街へと下りてくる。 引き連れている魔法衛士は20人はいるか。 「何なんだ一体!?」 「さあ……ていうか何アレ?あんなにたくさん犬なんか連れて」 キュルケ達や街の人々が怪訝な眼差しで一行を見つめる。 見るとエレオノールたちは十匹ほどの犬を引き連れている。 やがてその一行はまだ血痕の生々しい宿屋の前で足を止めた。 「始めるわよ」 エレオノールの言葉に傍らの魔法衛士たちが頷く。 一人が鞄から槍の穂先のような金属片を取り出すと それを犬たちの鼻面の前にかざした。 その金属片がブルドンネで起こった殺人事件の現場に残されていた物だとは ラ・ロシェールの人々は知るはずも無かった。 犬を連れた隊員たちは街中に散らばって行った。 1時間程たっただろうか。 一人の隊員とエレオノールが小高い岩山の上に立っていた。 「どういうこと?」 「よくわかりませんが……ここで『ヤツ』の匂いは止まっているようです」 「ここで?空にでも消えたって言うの?」 エレオノールが空を見上げる。雲一つ無い青空だ。 ふと、その青空に何かが飛行しているのが見えた。 それは真っ直ぐにラ・ロシェールへと近づいて来ている。 「何かしら?」 やがて近づいてくるに連れ、それが青い竜鱗を纏った竜だということが確認できた。 「全く、とんだ目に会っちゃったのね!」 ラ・ロシェールへと下降しながらシルフィールドは小さく愚痴を洩らした。 その角にはあの亜人より渡された不気味な首飾りが掛けられていた。 「ウィンドドラゴンかしら?」 「さあ、少し違うような気も……ん?」 突然、隊員が手綱を握っている犬がシルフィールドに向かって激しく吼え出した。 「どうしたんだ一体?」 「竜が珍しいんじゃないの?」 「いや、こいつらは軍で訓練された犬ですから。竜なんて見慣れてますよ」 やがてシルフィールドがエレオノール達のいる場所から少し離れた岩場へと着地すると 犬は手綱を振り切り一直線にシルフィールドへと走り出した。 「あ、コラ待ちやがれ!」 隊員が犬を追いかけ走り出す。 エレオノールは黙って前方のシルフィールドを冷ややかな眼差しで見つめていたが やがてゆっくりと歩き出した。 シルフィールドの周りに集まって来たのは先ほどの犬と隊員だけでは無かった。 ほとんどの犬とその手綱を握る隊員達が彼女を取り囲むかの如く集まっていた。 (い、一体なんなのね!?) シルフィールドが心の中で叫ぶ。犬たちはしきりに彼女に向かい吼え続けている。 周りの隊員達はみな杖を抜いていた。襲ってくる気配は無いとはいえ目の前にいるのは竜なのだ。 警戒するのは当然と言えたか。 「全員集まってるようね」 「ええ、この竜を見たとたんに全員……コラ落ち着け!」 犬をなだめながら隊員が答える。 「何かを嗅ぎつけたのかしら……ん?」 シルフィールドを見てめていたエレオノールの目に、彼女の角に掛かっているものが目に留まった。 小動物の頭骨が数珠のように繋がれた物が掛かっている。 エレオノールがそれを見つめながらしばし考え込んでいると後方から声がした。 「ちょっとちょっと、どうなってるのよコレ?」 エレオノールが振り向くとそこには少女二人と少年一人の三人組が立っていた。 いわずもがな、キュルケ、タバサ、ギーシュの一行である。 「何なのあなた達は?捜査の邪魔よ。子供は帰りなさい!」 エレオノールが少し厳しい口調で言い放つ。 「邪魔って……あのねえ、そりゃこっちの台詞よ。そのウィンドドラゴンはこの子の使い魔なの!」 「使い魔?」 エレオノールはキュルケの傍らに立つタバサを見つめる。 その時、不意にタバサが前方に歩き出した。 「ちょっと、タバサ?」 タバサはエレオノールや隊員達の間をすり抜けシルフィールドの前に立つと 一行に小さな声でこう言った。 「話を聞いてくる。少し待っていて欲しい」 「話を聞くですって?」 エレオノールの怪訝そうな言葉に答えず、タバサはシルフィールドに乗るとそのまま飛び去って行った。 飛び上がったタバサとシルフィールドはやがてラ・ロシェールより少し離れた森の中へと舞い降りた。 あたりに人の気配は無い。 「お姉さま、聞いてよ!アタシとんでも無い目にあっちゃったのね!キュイキュイ!」 タバサは黙ってシルフィールドの話を聞いている。 「あの桃色の髪の女の子が召喚した変なヤツ、あいつがアタシを無理矢理アルビオンまで飛ばさせたの! 帰ってきたら今度は犬に吼えられるしもう散々なのね!」 「それは?」 タバサがシルフィールドの角に掛かった首飾りを指差し、問う。 「あの変なヤツがくれたの!いらないけど捨てると呪われそうだから持ってるの!」 「そう」 小さく答えるとタバサは再びシルフィールドの背に飛び乗った。 「お姉さま、お姉さま。アタシ、アルビオンまで往復してお腹空いちゃったのね! 何か食べさせて!お腹が空いた、お腹が空いたのね!キュイキュイ!」 「戻って。さっきの場所に」 戻ってきたタバサとシルフィールドの前にエレオノールたちが立ちはだかる。 「その竜と上手くお話はできたのかしら?お嬢さん」 少し嫌味にエレオノールが言う。 「アルビオン」 「は?」 「『アレ』はアルビオンにいる」 そう呟くように答えるとタバサとシルフィールドはエレオノール達の前を通り抜け キュルケ達の元へと戻って行った。 「全く、本当トリステインの女は性格悪いのばっかりね!」 「いやあ、君も中々いい勝負だと思うけど……ブハッ!」 キュルケの裏拳を喰らいギーシュの顔面から鼻血が滴り落ちる。 「で、タバサ。一体なんだったの?」 「大したことじゃない」 「そ……まあいいわ。そんなことよりお腹空いたわね。何か食べましょ」 「おいキュルケ!いきなり何をするんだ君は!オイ、待ちたまえ!」 街へと降りて行く一行をエレオノールは見つめていた。 「どうします?」 隊員の一人が問いかける。エレオノールは黙って青空を見上げた。 肉眼では確認できぬ遥か先にはあの巨大な浮遊大陸があるはずだ。 前ページ次ページプレデター・ハルケギニア
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『きょむコン! ~Intercept the Albion forces!~』 朝靄に包まれた小高い丘に、二人の少女が佇んでいた。 一人は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 桃色がかったブロンドの髪が腰まで伸び、鳶色の瞳を持っている。 体形はスレンダーであり、本人の名誉の為に言うなら均整のとれた身体つきである。 その身に黒いマントをまとい、その下には白のブラウスとグレーのプリーツスカートが見てとれる。 いつも強気な表情を浮かべている彼女であったが、今は不安を露わにした表情であった。 もう一人は、パチュリー・ノーレッジ。 藤色の髪が腰まで伸び、アメジストの様な色の瞳を持っている。 頭の上には布製のブカブカな帽子の様な物を被り、三日月を模したアクセサリーが付属している。 体形はルイズよりもスレンダーであり、ある種の儚さを感じさせる。 その身に前の開いたローブをまとい、その下にはゆったりとしたワンピースが見て取れた。 いつも眠そうな顔をしているが、早朝の為か更に眠そうな顔であった。 そして、二人に共通するのは、脇に古めかしい本を抱えている事であった。 二人の立つ小高い丘は、アルビオンの主要都市の一つであるシティオブサウスゴータ南西百五十リーグに位置する場所である。 現在はトリステイン・ゲルマニア連合軍と、アルビオンとの戦争中であった。 連戦連勝を重ねていた連合軍であったが、今はアルビオンの姦計により内部より反乱を起され敗走中であった。 連合軍側は軍港のあるロサイスにて全軍撤退中であり、アルビオン側は追撃するべく、七万の軍勢で迫っていた。 そしてそのアルビオンの七万の軍勢の先陣が、朝靄の中より二人の視線の先に見え始めた。 それに対峙する連合軍側は、ルイズとパチュリーの二人以外は誰もいない。 「パ、パチュリー、き…、来たわ」 まだ数リーグ離れているとはいえ、七万の軍勢を前にして、ルイズは恐怖と緊張感を露わにしていた。 「あら、ルイズ。貴方はこれを何とかすべく殿(しんがり)を引き受けたのでしょ? 何を今さら怖気づいているのよ」 対するパチュリーは無感動とも思える口調であった。 「まさかルイズ、貴方は勢いで引き受けたんじゃないでしょうね? それに巻き込まれた『使い魔』の身にもなってほしいわ」 パチュリーは眉をひそめてルイズを非難する。 パチュリーは、ルイズが春の使い魔召喚で呼びだした『使い魔』である。 彼女は『幻想郷』と呼ばれる、ハルケギニアとは違う異世界に住まう『魔法使い』であった。 そして人間ではなく、『魔法使い』という種族であり、十代半ばの外見ではあるが、百年以上の歳を重ねている。 召喚された当初は『使い魔』として呼び出された事に憤慨していたが、図書館を自由に使用出来るなどの便宜を条件に、何とかルイズは契約を果たした。 「まあ、所詮人間は数十年の寿命だし、異世界の知識に触れられるしいいか。 やろうと思えば、帰る方法なんていつでも見つかるだろうし。 むきゅ~」 と、パチュリー本人の弁。 「い、勢いで引き受けてないわよ。だだだだ、だってそう命令されただけだし…」 「断ろうとすれば出来たはずよ」 「…あ、いや、それは」 「…やっぱり勢いで引き受けたわね」 パチュリーは溜め息をつく。 「で? ルイズはどうやってあの軍勢を止めるつもりなのかしら?」 「それは…、ありったけの精神力でエクスプロージョンを…」 「それは無理。今のルイズじゃ数十人を吹っ飛ばして打ち止めよ。 その程度じゃ僅かな時間しか稼げないわ。連合軍は全滅ね」 パチュリーはルイズの意見をすぐさま却下する。 「じゃ、じゃあ、パチュリーの魔法で…」 ルイズはかつてパチュリーが、アンリエッタとウェールズの放ったヘクサゴン・スペルとすら拮抗する魔法を使えたのを思い出し言う。 「それも無理。さすがに私でもあの数を正面から迎え撃っても、大した時間は稼げないわ」 パチュリーは次の意見も却下する。 「じゃあ、どうしろって言うのよッ!!」 ルイズは立て続けに意見を却下されて苛立つ。 自分で勝手に引き受けておいての逆ギレだが。 その様子を見て、パチュリーは嘆息する。 まったく、素質は十分にあるのに感情の起伏が激しいのが欠点よね。 魔法を扱う者にとっては、心の有り様こそが大事なのに。 「ふう、心の動くままに行動する欠点はいつか直しなさいよ…」 パチュリーは眠たげな目でルイズを見つめる。 「ねえルイズ。戦争する上で重要な事って何だと思う?」 「え? あ、う…、強さとか?」 「そうとも言えるけど、抽象的過ぎるわ。 戦争に勝つには、数こそが重要なのよ。数こそが強さであり、戦争に勝利する為の要素の一つ。 戦争とは数、と何処かの次男も言っていたわ」 そう語るパチュリーを見て、ルイズはある疑問を持つ。 「数って言っても、味方は全軍撤退中よ? 味方は誰もいなくて、ここには二人しかいないじゃないッ!」 戦争は数と言うなら、七万を相手に二人では敗北の二文字しか無い。 「簡単よ。味方がいなければ、作ればいいじゃない」 「は?」 パチュリーの言葉を聞き、ルイズは絶句する。 ミカタヲツクル? ナニヲイッテイルノデショウカ? コノムラサキモヤシハ? 「何を絶句しているのかしら?」 「ななななな、何言ってるのよッ! みみみ、味方を作るって、どどどど、どうやってよッ!!」 ルイズは感情を昂ぶらせてパチュリーに詰め寄る。 「はいはい、落ち着きない。どうどう。 今からやってみせてあげるから…」 パチュリーはそう言ってから七万の軍勢に向き直り、左手を斜め前に突き出す。 左手の甲には使い魔の印たるルーンが刻まれており、それは伝説の使い魔のルーン『ガンダールヴ』であった。 「来なさい、デルフリンガー…。アポート(物質転送)」 そう呟くと手の先の空間が歪み始め、その一瞬の後に虚空から軽い反りを持った長剣が現れ、地面へと突き刺さった。 「うおッ! なんでい、『使い手』のはずなのに、剣なんて振り回しているのが全然似合わないどころか、想像も出来ないような相棒じゃねぇか」 自称・伝説の魔剣デルフリンガーは、出てくるなりボヤキ始めた。 「俺なんてよぉ、学院に置き去りにされて、もしかして錆び剣に出戻りかなぁって思って…」 「黙りなさい」 パチュリーが静かな声で言うと、デルフリンガーはピタリを喋るのと止める。 「力を貸しなさい」 「力を貸せって…。うおッ! おでれーた、何だいあれは…。六、七万はいるんじゃねぇか? 無理無理ムリムリ絶対に無理。俺に出来るのは身体操作と、魔法を吸うぐらいだ。 例え『ガンダールヴ』が屈強な奴でもあんなのは無理ッ!」 デルフリンガーは鍔をカタカタと鳴らして拒否を表明する。 「あれを相手に切った張っただなんて、馬鹿な真似はしないわ。 貴方の中に日頃から貯め込み続けた魔力を解放しろって言っているのよ」 「貯め込み? おい、ちょっと待て。日頃から俺にバカスカ魔法を撃ち込みまくっているのは、虐待の一種だと思っていたぞ?」 「馬鹿な事言わないで欲しいわ。貴方の特性を知った上でやっていたのよ。 こういう時の為の外付け魔力貯蔵庫とする為にね」 パチュリーは唇を軽く釣り上げて嗤う。 「う、嘘だッ! その顔は嘘をついてる顔だ。それに、第一俺にはそんな事を出来る能力なんて無いぞ。 せいぜい貯め込んだ魔法の力で『使い手』の体を動かすぐらいだッ!」 「んー、まあ、ストレス発散の部分が有ったのは否定しないわ。 貯蔵庫云々に関しては、ルーンを“いじった”から出来るようになっているわ」 パチュリーはデルフリンガーの柄に手を添えた。 「うにゃ? う、お、あ…、な、なんでいこれは? ち、力が抜けていくぅぅぅ…」 デルフリンガーが情けない声を上げる。 「さて、魔力は充分ね」 パチュリーは魔力が自分に還元されていくのを感じとる。 「何? 一発ドカンとぶっ放すの?」 「違うわ。味方を作るって言ったでしょ?」 パチュリーはルイズの言を否定すると、手に持った魔導書を体の前に掲げ、手放して中に浮かせる。 そして、軽く手を振ると魔導書は独りでにページを開く。 とあるページで止まった時、パチュリーの左右に二つずつ約五メイル間隔で地面に発光する円が描かれる。 光がおさまると、円の中に六芒星の収まった魔法陣が合計四個出来ていた。 「さて、後は…」 パチュリーは懐に手をやり、コルク栓で封をされたガラスの試験管の様な物を取り出す。 その中には、少し癖の付いた金髪が一束入っていた。 「それで、何をするのよ?」 「まあ、見てなさい…。我、土くれに命を……」 パチュリーは小声でかつ早口でスペルを唱える。そして、唱えていくに従い、試験管の中の金髪が減っていく。 ルイズは視界の端に、何やら動くものを見つける。視線を向けると魔法陣の中で土が盛り上がり、人型を形成していくのが見て取れた。 「味方を作るって、ゴーレムなの……、って、えええええぇぇぇぇッッ!!!!!」 その土くれはただ人型になるに止まらず、外見が人そのものを模していく。 そして、ルイズが驚愕したのは、そこにいたのはギーシュ。 『青銅』の二つ名を持つ、ギーシュ・ド・グラモンであったからだ。 「ななななななな、何でギーシュが…、ひッ! ギーシュが…、た、たくさん…、いる」 ルイズは意識を手放しそうになった。そこにはギーシュモドキのゴーレムが次々を現われてきたからであった。 そして、そこには百体のギーシュ・ゴーレムが現れていた。 「ね、ねぇ…、なんなのよ、これ…」 「こっちの世界で何度かゴーレムを見ているとき、自分でも操りたくなって、ゴーレム製造の魔法を独自のアレンジをしてみたのよ。 髪の毛を埋め込むとその持ち主の姿と能力をコピーした自立型ゴーレムに成るようにね」 パチュリーは何かを操作するように指先を動かしながら答える。 「そ、そうなの…。あ、でも、なんでギーシュなの? ヘタレなギーシュなんかより、もっと強い人の方がよかったんじゃない?」 ルイズはドット・クラスのメイジのギーシュがでは、百人いても役に立たないだろうと思案する。 「理由は二つ有るわ。 一つは、ギーシュの基本性能が低いから、ゴーレムの製造の為のコストが少なく済む事。つまり数を揃えるのに丁度よかったという事。 もう一つは、ギーシュの持つ能力が、今の状況に求められている事に合致するという事よ…。 さあ、ギーシュ。敵が来たわッ! 迎え撃ちなさいッ!!」 パチュリーは軽く説明したのち、滅多に出す事の無い大声で号令を放つ。 「ギーシュ・ド・グラモン 、参るッ!」×百人 百人のギーシュ・ゴーレムが一斉に唱和し、薔薇の造花の杖を振るう。 そしてそれぞれが、青銅の人の等身大ゴーレムのワルキューレを、七体ずつ出現させる。 ルイズとパチュリーの前に合計七百体のワルキューレが現れた。 「言ったでしょ? 戦争とは数だと…。 進路、敵陣中央。楔形陣形で突撃」 そう命令が下されると、ギーシュ・ゴーレム達はワルキューレの背に乗り、七万の軍勢へと駆けだした。 「アンリエッタ女王陛下が為にぃぃぃぃッ!!」 そう叫びながら突っ込んで来る集団に最初に接触したのは、前衛の捜索騎兵隊であった。 すぐさま迎撃態勢を取るが、七百の青銅のワルキューレに一瞬にして飲み込まれ、すり潰されていく。 その光景をフクロウの使い魔の視界にて見ていた銃兵隊を指揮する士官は、すぐさま部下に命じて弾を込めさせる。 「第一列構えッ!! まだ撃つなよ。もう少し引きつけてからだ……。 よし、てぇッ!!(撃て)」 横列に並んだ銃兵隊の一列目が、一斉射撃にてワルキューレ群に弾を放つ。 統制された射撃は、敵前面に居たワルキューレ数十体を破壊し、それを操っていたらしいメイジも何名かを射殺する。 「第二列前へ…。ん? な、なにぃッ!!」 銃兵隊の士官は驚愕した。敵集団は進撃速度を、いささかも落とす事無く突っ込んで来る。 それは味方の死も、自らの死も厭わない保身無き突撃であった。 「恐れるなッ! 第二れ…」 士官は貴族の矜持ににて恐怖を押し殺し、指揮を続けようとする。しかし、部下たちは迫る“それ”に恐慌を起こし始めていた。 そして、その銃兵隊をもすり潰し、ギーシュ・ゴーレムと青銅のワルキューレは、ただひたすらに進撃していく。 パチュリーの両脇にある魔法陣は、倒された分だけギーシュ・ゴーレムを再生産していき、現れたギーシュ・ゴーレムは再び突撃して行く。 アルビオン軍は倒しても倒しても、次から次へと現れる青銅のワルキューレと、全てが同じ顔をしたメイジたちで混乱状態となっており、進軍は停滞していた。 「こ、これなら何とかなるかしら?」 「無理ね。今は一時的な混乱で対処出来てないだけで、統制が回復すれば、七百程度じゃどうにもならないわ」 パチュリーはすぐさま否定する。 「じゃ、じゃあどうするのよ…」 「近接型で足止めして、遠距離攻撃を行う弾幕型を投入するのよ」 そう言うと、パチュリーは新たな試験管を取り出す。 それには、緑色の髪の毛が封入されていた。 「ええい、どうなっているッ!!」 七万の軍勢を指揮する歴戦の将軍であるホーキンスは、状況を把握するべく部下を走らせていた。 保身無き突撃。 しかも、何故か全員同じ顔だというメイジの集団。 前衛は混乱の極みに陥っており、進軍はほぼ完全に止まってしまった。 敵連合軍のこの攻撃は、余りにも不可解過ぎた。 この突撃の目的は時間稼ぎであるのは明白だ。しかし、あまりにも大雑把過ぎる。 ゴーレムは攻城戦に使われるのが常だ。小型ゴーレムを大量にかつ集中運用するのは、確かに野戦でもある程度は有効であろう。 しかしこの、まるでメイジを使い捨てにするがごときの挺身攻撃は何なのであろうか? 平民の兵士なら使い捨てにするのはまだ理解出来る。だがメイジ、貴族を使い捨てにするなんて普通は出来ない。 実はそのメイジもゴーレムであるという事を知らぬが故に、ホーキンスも少なからず混乱していた。 そして報告を聞きながら思案し、統制を回復するべく指示を出していると、連続した轟音と怒声と悲鳴が周囲で響き始めた。 ホーキンスが何事かと視線を巡らせると、恐ろしいものを見た。 突撃を受けたのと同じ方向から、一メイル程の岩塊が飛来して来てきた。 全長三十メイルのゴーレムが二十体も並ぶのは壮観であった。 「まさか、『土くれのフーケ』とはね…」 それぞれの巨大ゴーレムの脇には、トリステイン王国をはじめ各国にて怪盗として恐れられていた、『土くれのフーケ』ことマチルダ・オブ・サウスゴータが立っていた。 無論、パチュリーが作り出したマチルダ・ゴーレムである。 巨大ゴーレムたちは巨腕を振るい、指先を立てて地面へと付き入れる。そして土の塊を掴み上げると、マチルダ・ゴーレムは錬金の魔法にて岩塊へと変えた。 そして、巨大ゴーレムは次々と岩塊をアルビオン軍へと投擲していく。 その攻撃によりアルビオン軍は前衛のみならず、後衛の部隊も混乱に陥っていた。 時折、魔法にて岩塊を迎撃しようとする動きはあるが、一メイルの岩塊の重量はそれをものともせず着弾し、アルビオンの軍勢を消耗させていく。 一部の部隊はギーシュ・ゴーレムたちを突破し突撃してくるが、再生産されるギーシュ・ゴーレムの波状攻撃にてすり潰されていくのであった。 「あ、待ってパチュリー、白旗が揚がったわ…。降伏するみたい」 巨大ゴーレムの連続岩塊投擲によりルイズたちの周囲の地形が変わり始めた時であった。 アルビオン軍後衛中央にて白い布が巻き付けられたパイク(長槍の一種)が振られているのが見て取れた。 「あら、残念…。そろそろ飛行型を投入しよかと思っていたのにね」 パチュリーの手には、青い鱗の様な物が封入された試験管が握られていた。 「む、無理…、もう、これ…、以上は死んで、まう」 デルフリンガーの息も絶え絶えな言葉は、見事に無視されていたのであった。 この後、引き返してきたトリステイン・ゲルマニア連合軍は、ガリア王国の大艦隊による攻撃を受ける事になる。 しかし、パチュリーの作り出したルイズ・ゴーレムによるエクスプロージョン乱れ撃ちにより、ガリア艦隊は全艦隊が落とされる事によって事無きを得るが、それは割愛。 「ねえ、パチュリー。どうして私のゴーレムだけ消さないの?」 「あら、いいじゃない。面白いし…。特に私が」 「そうね。ところで、一体ぐらい、ちびルイズを持っていっていいかしら? アカデミーで調べてみたいし」 「あら、なら私も一人お持ち帰り~♪ いいでしょ?」 「エレオノール姉様も、ちいねえさまもダメーーーーッ!!」 ルイズは微妙に受難な日々であったとさ。
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連邦軍MS0083 MS名 SP 入手条件 制限 備考 ガンダム試作1号機 超射撃 「蒼く輝く炎で」クリア ガンダム試作1号機Fb 格闘 GP-01使用回数15回 宇宙 ジム改(砂漠戦仕様) 格闘 初期ユニット 地上 ジム改 一斉射撃 宇宙 パワード・ジム 格闘 「砂上模擬戦闘」クリア 地上 ジム・カスタム 一斉射撃 「出撃アルビオン」クリア ジム・クゥエル 一斉射撃 「ソロモンの悪夢」クリア ザクⅡF2型(連邦) 格闘 初期ユニット ゲルググM 一斉射撃 パートナーを伍長になる ガンダム試作3号機 一斉射撃 0083編クリア 宇宙 飛行
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「平和ね。笑ってほしいのかい、それとも蔑まれたいのかい?」 吐き捨てるようにイザベラは言い放った。 何かを為すには犠牲が必要だ、彼女もそれぐらい知っている。 お店で何かを買うのに代価を支払うのと同じだ。 だけど、これが狂気の沙汰だ。 トリステイン、ガリア、ゲルマニアのお偉方が集まった場所での襲撃なんて、 全世界に向けてアルビオンが宣戦布告したに等しい。 トリステインの連中だって馬鹿の集まりじゃない。 調べればアルビオンが関与したという確証を導き出せるだろう。 それまで生き延びてさえいればいいのだ。 連中の思惑なんざ関係ないね。どうせ失敗するに決まっている。 吹っ切ったイザベラはふてぶてしい態度で彼に接した。 「丁重に扱って貰えるんだろうね」 「約束しましょう。アルビオンの料理はお嫌いですか?」 「あんな不味いの好きになる奴がいるか。ワインで流し込まなきゃ食えたもんじゃない」 「では、食事にワインをお付けしましょう」 とても人質とは思えぬ要求にマチルダは肩を竦めた。 同じ王女といえども気品では『彼女』の方が遥かに上だ。 もし社交界に出れば一躍その名を轟かせる事になるだろう。 ……ただし、それが出来ればの話だが。 今、衆目に彼女の姿を晒す事は出来ない。 だけど後数年、それだけの間を耐え忍べば価値観は逆転する。 彼女が陽の下を、平然と他人の目を気にせずに歩けるのだ。 だから、それまでの間、私は悪魔よりもおぞましい怪物となろう。 人の姿を借り、人を騙し、命を奪う怪物に。 「で、いつになったら解放してくれる?」 ほれ、と縛られた腕を差し出してイザベラは本題を切り出した。 無駄に思えた会話はこの一言の為の伏線。 言葉のキャッチボールを続けさせる事で、 不意の問いかけを仕掛けて本音を洩らせようとしたのだ。 そんな思惑を知ってか知らずか、彼は正直に彼女の問いかけに応じる。 「ガリア王国との交渉が成立したらすぐにでも」 「……どうも長期滞在になりそうだね。アタシ専用の別荘でも建ててもらうか」 諦観したイザベラから本気とも冗談とも取れない言葉が口をついて出る。 戦場での捕虜引渡しは大抵値段が決まっているので楽だが、 これが王族とか伯爵、侯爵になってくると話はまるで違う。 人質を取った側は圧倒的に優位な立場となり、 どう考えても呑めるような条件ではない物さえ突きつける。 中には、領土を半分よこせだの、美女1000人を用意しろなどあったらしい。 後は双方が歩み寄って妥協できる点で合意する。 戦後処理よりも長引く事などザラだ。 しかし、彼女の不安を払拭するように彼は告げた。 「いえ、要求するのは空軍の一部縮小と『聖地』の不可侵、これだけです」 あっさりと言い放つ彼に、イザベラは唖然とした表情を浮かべる。 その提案には何一つとしてアルビオンのメリットになる事は含まれていないからだ。 空軍の戦力を縮小した所でまた新しく戦列艦を建造すれば済む話だ。 『聖地』だって凶悪なエルフがゴロゴロいるような場所に好き好んで行く奴はいない。 意味がまるで分からないが、ガリア王国はたとえ人質がアタシだろうと条件を呑むだろう。 あー、でも、せっかくの機会だから見捨てようとか言い出す奴が2、3人はいるかな。 もしギーシュが聞いていれば『桁を2つ3つ間違えてないかい?』と言っただろう。 不意に、彼女の脳裏にある疑惑が走った。 学院とその周辺を覆うだけの濃密な霧、 あれだけの魔法をこの程度の人数で生み出せるのか。 仮に出来たとしても長時間維持していられるか。 そこに加わった『聖地』というキーワードが空白の部分に当て嵌まる。 「まさか……エルフと手を組んだの?」 ふるふると震える喉でイザベラは言葉を搾り出した。 間違いであってほしいと彼女は思った。 人間とエルフの交流が皆無というわけではない。 東方やサハラでは交易も行われていると聞く。 だけど今回の件はそれとは決定的に違う。 領土的野心を持たないエルフが国同士の諍いに介入してきたのだ。 それはハルケギニア全土を震撼させるに足る報だろう。 縋るような想いで見上げる彼女に騎士は何も答えなかった。 だが、その態度が何よりも雄弁に“真実”だと語っていた。 「正確には利害が一致した、そう言うべきでしょう」 真相を悟ったイザベラに騎士はそう言った。 ただ呆然とする彼女にその言葉が届いたかどうかは定かではない。 敵はアルビオンの騎士団だけではない、それ以上の伏兵がいたのだ。 彼女の思惑が根本から大きく覆される。 果たしてここにエルフに対抗できるだけの戦力はあるのか。 花壇騎士団、魔法衛士隊を総動員して勝ち目はあるか。 困惑する彼女に追い討ちをかけるかのように彼は告げた。 「助けは来ませんよ、シャルロット姫殿下」 肩を落として項垂れる彼女の姿を見て、マチルダは微かに罪悪感を抱いた。 希望は生きる気力だ。それが無いと分かった時の絶望は底知れない物がある。 確かにアルビオンまで連れて行くには大人しい方が助かる。 だけれども、こんな幼い少女には酷な話だったかも知れない。 泣いているのだろうか、見下ろした少女の肩が震えていた。 心配して顔を寄せたマチルダが凍りつく。 イザベラの身体を震わせていたのは怒り。 その表情は引き攣り、まるで笑っているようにさえ見える。 般若の形相を浮かべてイザベラは顔を上げて叫ぶ。 「誰がシャルロットだ! 誰が!」 がおー、と雄叫び上げる彼女に一同は目を丸くした。 急激な感情変化もそうだが、何よりも彼女の口走った言葉に驚愕が走った。 冷静を保っていた騎士が何食わぬ顔で彼女に答える。 「誰とは、貴女以外にいらっしゃいませんが」 「だから違うって言ってるだろうが! このスットコドッコイ!」 捲くし立てる彼女を前に、騎士の頬を冷や汗が伝った。 嘘を言っているようには見えない、それとも迫真の演技だろうか。 最悪の想像はしたくないが、それを考慮するのが彼の仕事だ。 意を決して彼はイザベラに聞いた。 「それでは、花壇騎士に守られていた貴女は何処のどちら様でしょうか」 「私はガリアのイザベラ様だよ! あんな小娘と一緒にするんじゃないよ!」 イザベラの名乗りに彼は覚えがあった。 ガリア王シャルルの実兄である大臣ジョゼフ、 その一人娘の名前が確かイザベラだったはずだ。 透き通るような美しい青い髪は王族のみと聞く。 彼女がシャルロット姫でないと言うなら本人である可能性が高い。 眼鏡を外して曇りを拭き取りながら騎士は質問を投げかけた。 「それでは二、三お聞きしたい事があるのですが」 「なんだい? 一応聞くだけは聞いてやるよ」 「イザベラ嬢がトリステイン魔法学院に留学する、 これは市井の噂にもなっていた事ですからいいでしょう。 ただ、彼女が留学するのはまだ先の話だと窺っています。 神聖な使い魔召喚の儀式を他国で行うわけにはいかない、 故に、ガリア王国で使い魔召喚を済ませてからと聞きましたが」 「馬鹿か。そんな配慮、王宮の連中がする訳ないだろ」 騎士の返答に呆れかえった様にイザベラはわざとらしい溜息を漏らす。 シャルロットならまだしも彼女は完全に厄介者扱いだ。 どこで何をしようと王宮に住まう者達は関知しないだろう。 もっともそんな裏事情を他国の人間が知っているとも思えないが。 「では、貴女の着ていたドレスについてですが」 「……結構気に入ってたのに、血で汚しやがって」 「なら交渉の条件にイザベラ嬢に新しいドレスを買ってあげる事を追加しましょう。 それはともかくとして、あのドレスは王女の為に仕立てられた物と聞きました」 これは彼等が極秘裏に掴んだシャルロットに関する情報だった。 ガリア王国に潜む密偵が王室御用達の仕立て屋から聞き出したものだ。 そのお披露目は間違いなくトリステイン王国で行われる『使い魔品評会』と踏んだ。 だから、それを目印にすれば濃密な霧の中でも見つけられると思ったのだ。 「ふざけんな! あのドレスはアタシんだ!」 激昂する彼女の唾が騎士の顔にかかる。 それを拭き取りながら彼は考える。 彼女の着ていたドレスはオーダーメイドで寸法もぴったりだった。 体型が全く瓜二つでもなければあそこまで合う事はないだろう。 同じドレスを寸法を変えて二着作ったのか、それは有り得ない。 厳格なガリア王宮が従姉妹とはいえ王族と同じ格好を許すとは思えない。 ちらりとセレスタンに目線を配らせると、彼は肩を竦めて笑いながら言った。 「王妃の膝の上にいたんだぜ。誰だって王女だと思っちまうだろ?」 なあ、と聞き返すセレスタンにイザベラは顔を背けた。 あの当時、イザベラは母親を亡くしたばかりで落ち込んでいた。 それを不憫に思った王妃が母親のように彼女に接してくれていたのだ。 もっとも母親を奪われる形となったシャルロットはよく部屋で一人不貞腐れていたが。 思えば、あの頃からだったか。彼女が今のような内気な性格になったのは。 「で、どうするんだい? 他人違いしたマヌケの大将さんは」 思慮に暮れる騎士を見上げてせせら笑うようにイザベラは訊ねた。 さぞや悔しげな表情を浮かべているだろうと楽しげに。 しかし彼の顔に焦りや後悔といった感情はなかった。 「些か手違いはあったようですが問題ありません。 イザベラ嬢でも十分に役目を果たしてくれるでしょう」 多少の誤差は計算の範囲内だと彼は判断した。 その一方で彼の胸中を黒い影が占める。 イザベラと自分達の話の食い違い、 まるで掛けるボタンを違えたような違和感。 それが何から来ているかという事に、彼は気付き始めていた。
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前のページを読み直す / 表紙へ戻る / さらにページをめくる 《『王宮日誌 シャルロット秘書録』より》 私たちが『人質』という事になって、幾日も経った。 しかし、トリステインからの救い手は一向に現れず、こちらとしては感覚共有できる『シルフィード』を介しての定期連絡 ―――彼女が喋れることは隠しているので、質疑へのイエス・ノーや無事の確認程度だが――― 以外は何をするでもない、暇な時間を過ごしていた。 出歩く自由がない以外は、衣食住の心配も、身の危険を案ずる心配もない。 アルビオン国王ジェームズ1世は、トラクスの手にかかり討ち死に。 ウェールズ皇太子は、私のシルフィードに乗ってトリステインへ亡命。 主なきニューカッスル城の将兵はよく総攻撃に耐え、奮戦したが、ついに落城した。 非戦闘員は脱出できたが、それ以外は運命に委ねられた。 彼らの絶望的な戦いも話題となったが、やはり将兵たちの間に上る名は『蛮人トラクス』。 素性も知れぬ流れ者の、剣の達人。 勇猛で誇り高く、残酷なるスキタイ人。 国王殺し。 美しい女メイジと共に戦う、無敵の戦士。 魔法を喰らい、五月蝿く喋る魔剣を振るう兇漢。 投石器で人を砕き、鉄の弓を引く超人。 そして、伝説の使い魔『ガンダールヴ』。 デルフリンガーやフーケ、将兵や捕虜から流れる話は尾鰭がつき、拡大する。 人の血肉を喰らい、腕が四本ある。 牙の並ぶ口が耳まで裂け、額に二本の角がある。 恐るべきエルフだ。 背中に皮翼があり、空を飛ぶ。 炎と黒煙を吐く巨漢で、トロール鬼を従えている。 身長が30メイルもある。 女メイジが口だけで笑いながら走っているのを見た。 ……意味のわからない噂もあるが、畏怖と憧れが二人には付きまとうようになった。 無論、蛮人如きと見下し、戦いを挑む命知らずな輩もいるらしいが……。 トラクスとフーケは、ひとまず『ナイト(騎士)』に叙勲された。ガリアやトリステインの『シュヴァリエ』に当たる。 彼らを連れて来たユリシーズも、褒賞にあずかったらしい。 近々、クロムウェルたちはトリステインへ侵攻する予定だとも、伝え聞いた。 アルビオンの首都、ロンディニウムにあるハヴィランド宮殿の一室にて。二人と一本に来客があった。 「やあサー・トラクス、デイム・マチルダ。傷はもうよろしいのかな?」 クロムウェルだ。先頃国名を『神聖アルビオン共和国』に変え、自ら『神聖皇帝』と名乗った。 始祖ブリミルの降臨した、東の『聖地』をエルフから奪還し、ハルケギニアを統一すると宣言してだ。 フーケは胡散臭そうな顔をするが、すぐ笑顔で返答する。 「ええ、陛下。トラクスは瞼と白目が切れただけで、水の秘薬を使ったらすぐ治りましたよ。 疲労が激しかったようですが、魔剣を持たせておくと回復も早くて」 「それは重畳。なにしろ我々『レコン・キスタ』の英雄だ、続く戦いでも活躍して頂かねば。 ウェールズ皇太子の首は獲れなかったが、トリステイン如きに頼っても後はない。 ガリアもゲルマニアも、我らの理想に賛同してくれたよ。きっとロマリアもそうだろう。 戦後処理と戦争の準備もあり、一ヶ月ほど休暇を与えよう。ま、ゆっくり英気を養ってくれたまえ」 上機嫌に話すクロムウェル。マチルダの旧領サウスゴータは、トリステインを降してから安堵するという。 貴族様に戻る気は薄いが、テファや餓鬼どもの世話もある。くれる物は貰っておこう。 トラクスは包帯を頭に巻いたまま、ベッドに座って黙り込んでいる。やがてデルフが喋りだした。 「なあア、ロングビル、いやフーケ、マチルダ。お前は沢山名前があるんだなあ。 相棒なんか家名もない、ただの『トラクス』だぜ。強いて言えばトラクス・オブ・スキタイアンか? いや、騎士になったからサー・トラクス・オブ・スキタイアンか。デイムってのは女騎士の敬称だったかな」 「職業柄、偽名を使うことが多くてね。一応本名は『マチルダ・オブ・サウスゴータ』さ。 アルビオンじゃあ結構名の知れた家だったんだがね、こないだも言ったがお取り潰しにあっちまって。 理由? さあ、あたしが小娘の頃のことさ、たいして調べる気もないね」 彼女の父親は王弟の大公家に仕えていた、サウスゴータの太守だった。 ところが、大公は密かにエルフを妾としており、娘まで産ませた。 エルフは東の恐るべき、忌まわしき種族。人間を超越した先住魔法の使い手。 マチルダの父親は大公家への忠誠心からエルフ母子を匿い、それを知った王家により家名を取り潰されたのだ。 そして、マチルダとそのエルフの娘『ティファニア(テファ)』は姉妹のように仲が良く、 実家が没落した後もマチルダは彼女に仕送りを続けていた。 最初は普通の商売だったが、メイジの力を振るって盗賊を働き出してからは止まらない。 たちまち彼女は『土くれのフーケ』として悪名を流し、裏世界に染まっていった。 おかげで仕送りは相当の額になり、テファの隠れ住むウェストウッド村も潤う程になったが、 妹分を心配させないため、盗賊稼業のことは内緒にしている。 サウスゴータ家の復興。まさか、こんな形で転がり込んでくるとは。 クロムウェルは怪しい男で、エルフと戦うとか言っているから、テファがすぐ世間に出られるわけじゃない。 半分人間の血が入ったエルフなど、あちらのエルフ社会でも爪弾きだろう。 それでも、サウスゴータ領内にあるウェストウッド村なら、匿っておける。蛮人だって、半エルフだって。 殺戮大好きなデルフと蛮人トラクスを、世間知らずなあの娘に会わせるのは、御免こうむるけれど。 (戦争が終わったら、トラクスとデルフにはスキタイなりゲルマニアなりへ去ってもらうとして、 あたしたちは穏やかに暮らしたいもんだね。随分カネも貯まったし) 「ねえ、ミスタ・ユリシーズ。私、脱走したくてたまらないんだけど」 桃色の髪が、風に揺れる。鳶色の瞳が青空を写す。 ルイズ・フランソワーズは、ロンディニウムの宮殿で、お付きの女官やメイドたちに傅かれていた。 「ご退屈でしょうが、もうしばらくご滞在を、ミス・ヴァリエール。 ご家族はじめ、魔法学院のご歴々やアンリエッタ王女ほか、トリステイン王国には大きな危害は加えませんから。 貴女の存在は、無用な戦火を未然に防ぎ、我々人類の理想を実現する一歩を平和裏に……」 ユリシーズの諂いに、ルイズはびしりと反論する。 「ウェールズ皇太子はトリステインに亡命されたそうね。ワルド子爵様とキュルケが手引きして。 あの方が父王陛下のご遺志を継がれ、貴方たち『レコン・キスタ』に挑むというのが自然でしょう? どっち道、戦争は避けられないわ。姫様もヴァリエール公爵家も、きっと参戦するわよ」 そうなのだ。ウェールズ皇太子という御神輿がおられる限り、ハルケギニア各地のアルビオン王党派は団結する。 手柄と褒賞を求めて、或は戦争の危険を求めて、傭兵や商人連中だって集まる。 トリステイン一国では、アルビオンの空中艦隊には勝てない。でも、ゲリラ戦なら? ゲルマニアと同盟すれば? トラクスがいくら強くても、何万という軍隊に勝てる道理がない。ワルド様などの強力なメイジだっている。 だから、この私を殺す理由も、クロムウェルには無いはずなのだ。交渉の『切り札』として。 「私の存在価値は、『ゼロ』じゃない……」 ゼロ。魔法の才能がなく、胸もゼロ。友達も恋愛経験も、ほとんどゼロ。 自嘲気味に、ルイズはその禁句を呟く。 「ミス・ヴァリエール。まあ、そう御自分を卑下なさらずに。 私だって、子供の頃は失敗続きのいじめられっ子で、よく『ダメッピくん』なんて呼ばれたもんです。 体だって小さかったし、下級貴族なんて平民とそう変わりゃあしませんよ。 家も平民の金持ちから借金してましてね、苦労したものです」 ユリシーズが砕けた口調になる。 「そこへこの革命騒ぎですよ。テューダー王家に恨みはないが、そうたいした義理もあるわけじゃない。 うまく立ち回れば、それなりの地位には成り上がれるかもしれない。 そう考えて、貴族派についたんです。ヴァリエール公爵家のご令嬢には、ご理解し難いかも知れませんが。 たいていの貴族なんて、そんなもんですよ。クロムウェル様だって……おっと」 おどけて口をふさぐユリシーズ。その仕草に、ルイズも女官たちも微笑む。 「ようやく本音で接してくれたわね。貴方の才能なら、結構な地位につけるかも。 ちょっと軽いところはあるけどね。あ~あ、貴方が『使い魔』ならよかったのに」 「いくらなんでも、そりゃないですよ。あははははははは」 皆はつられて、明るく笑い出した。 「で、相棒よお。これからどうする?」 「また戦が始まるんだろう。ワルドやウェールズ、キュルケとまた戦う。 だが、一人二人じゃあ勝てない。向こうも復讐と雪辱に燃え、準備を整えて待ち構えているんだ。 強力な仲間が必要だろうな。フーケに並ぶぐらいのマジナイ師(メイジ)が」 トラクスとデルフは、スキタイ語で会話する。なぜデルフが話せるかは分からない。 一応トラクスも、トリステイン語やアルビオン語を少しは片言で話せるが、やはり使い慣れた言葉がいい。 この世界でも異邦人、『蛮人(バルバロイ)』であり続けるために。 「仲間ねえ。王様の首をちょーん、と刎ねられる仲間かよ。 そういう奴らは、もうクロムウェルの旦那に従って、いい地位についてんじゃあねえか? 街中か王宮へ行って、仲間になるか聞いてきてもらうかよ」 「馬鹿言うな。俺が何と呼ばれている? 悪魔か鬼神扱いだ。 臆病な奴らに怖がられすぎている。この傷痕も、顔つきを一層悪くしやがった」 トラクスが、左の頬からこめかみを撫でる。ワルドとウェールズの『風の鎌』がつけた傷だ。 左眼はどうにか治ったが、三白眼と相まって迫力満点だ。これがなければ、ひょろっとした男なのだが。 「男前があがって、いいじゃあねえか。似合うぜ、サー・トラクス・オブ・スキタイアン。 まったく、長ったらしい名前になりやがって。ナイトだかシュヴァリエだかキャバレーだか知らねえが」 「そう呼んでいるのは、デルフだけだろう。無駄口はいい、思い当たる奴はいないか」 「相棒と一心同体の俺様に、心当たりがあるかよ。フーケの奴に聞けばいいだろ。 もしくは、時々襲ってくる命知らずの馬鹿野郎にさ」 トラクスを狙ってくるゴロツキどもは、命を取られはしないものの、片輪にされて帰される。 伝説の蛮人の恐ろしさを知らしめる方便だが、何日かに一度はしつこくやって来るのだ。 「そうだな、似たもの同士でいいかもしれん。それに雑魚でも数があれば、盾にはなる。 賞金も貰ったし、有意義に使うか」 「有意義ってえんなら、酒場か娼館でも行きゃあいいじゃねえか。ゴロツキだらけだろ」 「俺は、その手の女に近づけないんだ。この『烙印』が疼きやがる」 「伝説の『ガンダールヴ』の証に、そんな効果があるなんて知らねえぞ。 おおかた例の『ご主人様』が嫉妬深くて、馬鹿馬鹿しい効果をつけやがったに相違ねえ。 蛮人丸出しのままじゃあ、碌な事がねえもんな。ひっひひひ」 と、ドアがノックされる。大きな音で、位置も高い。大男の気配だ。 「おいトラクス、噂をすればまたお客だ。今度はどこにする? 耳か? 鼻か? 目ん玉か?」 「黙っていろ。そうとは限らん」 返事をしないでいると、野太い男の声がした。 『おおい、蛮人騎士のトラクスさん。いるんだろ? 返事ぐらいしてくれよ。 あんたの肉は、いい匂いで焼けそうなんだがなあ』 (続く) 前のページを読み直す / 表紙へ戻る / さらにページをめくる
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前ページ次ページとある魔術の使い魔と主 ワルド達は、再び走り出す。 ルイズは腕の事を心配したが、しきりに大丈夫です~、と若干冗談を交えて当麻は安心させようとした。 剥き出しというのもどうかと、傷を布で覆い隠す。少しでもルイズを不安がらせないようにする当麻なりの配慮である。 (それにしても……) 走りながら、当麻は先程の戦いを思い出す。 あれは完全に当麻が油断してしまった結果である。近接戦闘を行いがら呪文を紡ぎ、魔法を放つ。おそらく天草式の人達と同じタイプなのであろう。 (やっぱりこっちでも魔術に関してはあまり変わらないんだな) 元の世界で幾多の魔術師と戦って来た経験が、役に立つ。根本的な部分はそこまで変わらない。 次は先程のようにはいかない。向こうの誤算はここで当麻を仕留めそこなった事。そういう事にしてやる、と当麻は心に決めた。 階段を上った先には一艘の船が停泊していた。帆船のように当麻は見えた。唯一違う点を挙げるとしたら、羽が突き出ている点だろうか? 枝に何本ものロープが絡まっていて、船は枝に吊るさられていた。 そして、当麻達が乗っている枝が迎えるように甲板へと伸びていた。 彼等が船上に現れると、甲板で寝込んでいた船員がこちらに気付き、起き上がった。 「なんでぇいおめぇら!」 かなり酔っている。普通の吐く息でさえもかなり臭い。 「船長はいるか?」 「もうお休みさ、用があるなら、明日の朝、改めてくらーことだな!」 男は景気よく、手に持っていたラム酒をラッパ飲みしながら、答えた。いやもう、一発ぶん殴ろうか? と当麻は思った。 ワルドは黙ったまま、杖を引き抜いて男の方へと向ける。すると、男の目が見開いた。 「貴族に二度同じことを言わせるとはな。船長を呼んでくれないか?」 「き、き貴族!」 男はがばっ、と立ち上がると、船長室へと走り去っていった。 当麻はその様子を見て、思わずルイズに話し掛ける。 「貴族って何でもオーケーなんだな」 「当たり前じゃない。貴族と平民は雲泥の差よ」 そうは言ってもな……と当麻は髪をかく。 確かに上の立場、下の立場はあるしそれは認める。 しかし、それを当然だと思うのはどうかと思う。生まれた時からその人生が決まるというが、これはさらに制限されている。 (だから革命が起きたんだろうな) 名前は覚えてないが確かあった……というかなかったら困る。 当麻の世界では貴族はほとんどいない。いたとしてもこのような人格はしていない。 いつかこの世界にも革命が起きるんだろうな、と言葉に出来ない事を思っていると、船長が現れた。 やや寝ぼけており、髪はぼさぼさになりながらもこちらに向かってくる。 少し歳をとって、帽子を被っている。船長のイメージにはピッタシだ。 「何か御用ですかな?」 船長は早く話を終わらしたいように思えた。 「女王陛下の魔法衛士隊隊長のワルド子爵だ」 今度は船長の目が見開かれる。今ので目が覚めたのだろう。こちらの身分が相当高い事がわかった為、言葉遣いがさらに丁寧になる。 「これはこれは……。して、なぜこのような当船に赴いたのでしょうか?」 「アルビオンへと今すぐ出港して欲しい」 「それは無茶です!」 船長の声が途端に大きくなる。本来の予定ならば明日に向かうのだ。だけどなぜ無茶なのだろうか? 予定をちょっと早くなるだけではないか。 「勅命だ。まさか王室に逆らうつもりか?」 「いえ! そのような事は断じてございませんが、朝にならないと出港が出来ないのです!」 「なぜだ?」 「アルビオンが最もここ、ラ・ロシェールに近づくのは朝であります! その前に出発したんでは風石が足りませんや!」 「……風石って何?」 当麻が耳打ちでルイズに聞く。 そんな事も教えなきゃいけないの? といっためんどくさげな目を見られて、当麻はハハハ、と苦笑いを取るしかなかった。 「『風』の魔法力を蓄えた石。それがあるから船は宙に浮かぶの」 ふむ、と当麻は頷く。ならばそれさえ触れなければ沈没、という事はなさそうだ。 「子爵様、当船が積んだ『風石』はアルビオンへの最短距離分しかありません。それ以上積んだら足が出ちまいます。よって今は出港できません。途中で地面に落っこちてしまいまさあ」「なら大丈夫、『風石』が足りない分は、僕が補う。僕は『風』のスクウェアだ」 船長と船員は、顔を見合わせた。おそらく初めての出来事で戸惑っているようだ。少しだんまりした後、再びワルドの方へ向く。 「ならば問題ないかと。料金ははずましてもらいますよ」 「積荷はなんだ?」 「硫黄で。アルビオンでは今や黄金並の値段がつきますんで。新しい秩序を建設ならっている貴族のかたがたは高値をつけてくださいます。秩序の建設には火薬と火の秘薬は必須ですからね」 「その運賃と同額を出そう」 船長は笑みを浮かべた。なんともまぁいやらしい笑みではあったが、こちらの条件に対して頷いた。 無事商談は成立、船長は船にいる船員に命令を与えた。 「出発だ! もやいを放て! 帆を打て!」 こんな夜中にかよ……とぶつぶつ文句を言っているが、船員達は淡々と船長の命令に従い、出発の準備をし始める。 帆を張り、枝に吊した綱を解き放つ。ガクッ、と重力に従って沈んだが、直ぐさま発動した『風石』の力で宙に浮かぶ。 帆と羽が風を受け、ゆっくりと動き出す。 ここまで時間にて僅か数分、ヒュウと思わず口笛を吹いてしまう。 「アルビオンにはいつ頃着く?」 「明日の昼過ぎには、スカボローの港に到着しまさあ」 ワルドが尋ね、船長が答える。 まだまだ時間がかかるんだな、と当麻は舷側に乗り出して、景色を見る。 下の方で、ラ・ヴァリエールの明かりが離れていく。かなりのスピードが出ているようだ。 と、誰かに手を置かれた。見るとそれはルイズであった。 「傷は大丈夫?」 心配そうにルイズは左腕を見る。 「あぁ、こんなもん上条当麻さんにはへのへのへ~ですったい。それともあれですか? もしかして心配しちゃってるんですか?」 当麻の冗談を含めた言い方に、ルイズはキッ、と睨んだ。 「当たり前でしょ! 使い魔を心配するのは当然よ!」 ちょっと涙を浮かべながら怒鳴るルイズに、当麻は手を左右に振りながらも慌てた。 「いや、大丈夫だってホント。マジ俺の復活速度は半端ないし。つーか右手でほとんど打ち消したし問題ないって」 ほらほら、と作り笑いをしながら右手を見せびらかす。 ルイズにも当麻の右手、幻想殺しの効果がどれだけ凄いか知っている。 「なら……いいけど」 まだ何か言いたげな様子であったが、とりあえずルイズは納得した様子。 そんな二人の元に、ワルドが寄って来た。 「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、包囲されて苦戦中のようだ」 その時、ルイズはある事に気付きワルドへと詰め寄る。 「ウェールズ皇太子は?」 返事の代わりに首を横に振った。 「生死もわからない、か。とりあえずこれからどうするんだ?」 「王党派と連絡を取りたい所ね」 「陣中突破しかあるまいな。スカボローからニューカッスルまでは馬で一日だ」 ゲ……と当麻は口から漏らす。彼にとって馬は、もう半ばトラウマとなっている。 「反乱軍の間を擦り抜けて?」 「そうだ。それしか方法はないだろう。まぁ向こうもこちらに公然と手出しは出来んだろう。暗闇に気をつけながらも隙を見て、ニューカッスルの陣へと向かう」 「んじゃあさ」 ワルドとルイズは当麻に目をやる。 「とりあえず決まった事だし、休まない?」 どれくらい寝ただろうか? 当麻は眩しい陽の光と話し声で、意識を取り戻した。 ゆっくりと目を開けると、一面青空が広がっている。再び舷側から身を乗り出すと、白い雲が広がっている。どうやら船は雲の上を進んでいるようだ。 あれ? でも息苦しくないよな、と早速この世界の常識に不思議がっていると、鐘楼の上に立っている船員が大声で叫ぶ。 「アルビオンが見えたぞ!」 という事は今は昼過ぎか、随分寝たなー、と閉じそうな瞼をごしごしとこする。 立ち上がり、気付く。隣で小さな寝息を立ててルイズが寝ていた。 どうやらここでも使い魔の仕事をしなければならないようだ。当麻は優しくルイズの肩を揺らす。 「ふぇ……」 「着いたらしいぜ」 一声かけて、体を大きく逸らす。当麻にとって目を覚ますのにはこれが一番だ。 するとルイズが起き上がり、ある方向を向いたまま目線を変えなかった。なんかあるのか? と思い、そちらへと視線を向け…… 当麻は息を飲んだ。 「おいおい、この世界はホントなんでもありだな」 「驚いた?」 そこには、巨大な大陸が文字通り浮いていた。地表には山がそびえ、川も流れている。 当麻の許す視界には収まりきれない程の大きさだ。 「浮遊大陸アルビオン。ああやって空中に浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』」 「白の国?」 当麻の質問を待っていたのか、ルイズは大陸の方を指差した。 大河から溢れた水が空に落ち込んでいる。その際、白い霧へと変わり、大陸の下半分を包んでいた。 百聞は一見にしかず、なるほど、と当麻は納得した。 あの霧が雲となって大雨を降らしているのだと、ルイズは補足してくれた。 その時、再び鐘楼の上に立っている船員が、大声で叫ぶ。 「右舷上方の雲中より、船が接近しています!」 当麻は視線を大陸からずらす。そこには肉眼でもはっきしと船が近づいて来ているのがわかる。自分らの船より一回り大きく、舷側に開いた穴からは大砲が突き出ている。 「……いや、そんな事はないですよね? あったら困るよな?」 当麻は最悪の展開を頭に浮かべる。こういった時、よくある事といえば―― 「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」 当麻の代わりにルイズが答えた。 「何ですか一体、どうしてこうも困難フラグが立つんですか!?」 「知らないわよそんなの!」 うがー、と当麻は両手で頭を抱えて悩む。 簡潔に言うと、空賊に船を乗っとられてしまったのだ。 当麻やルイズの予想通りだったのかはわからないが、それは一番質の悪い空賊であった。 あちらは無数の大砲にメイジもいる。こちらは三つだけの大砲に、魔力がないメイジと魔法が放てないメイジ。 戦力の差は決定的、ここは素直に捕まるのを選んだ。 三人は船倉に閉じ込められた。一緒に航空した船員達は、自分達のものだった船の曳航を手伝わされているらしい。 周りには、酒樽やら穀物のつまった袋やら、しまいには火薬樽までもが散らばっている。 ワルドはやることがないのか、興味深そうに見て回っている。 一瞬、当麻の顔が苦痛の表情へと変わる。ズキッと左腕が再び痛みだしたらしい。その一瞬を、ルイズは見逃さない。 「トウマ、怪我痛むの?」 「あー大丈夫だって。いやちょっとは痛むけど」 「痛むならちょっと見せてよ。ほら」 ルイズは当麻の答えを聞く前に腕を掴むと、布を取り払った。 「きゃ!」 ルイズは思わず尻餅をついた。それぐらい当麻の腕は酷かった。 左腕の手首ちょい手前から肩までひどい水ぶくれとなって、見られたせいなのか痙攣も起こし始めた。 「ひどい火傷じゃないの! どうしてほっとくのよ!」 ルイズは立ち上がると、扉を叩いた。 「誰か! そこにいるでしょっ!」 当麻は再び布で左腕を覆い被せる。その間にも看守の男がこちらの様子に気付いた。 「なんだ?」 「怪我人がいるの! 水と……後『水』系統のメイジはいないの!? 治してほしいの!」 「いねぇよ」 「嘘! いるんでしょう!」 「あーもう落ち着けって」 取り乱しているルイズに思わず当麻は手をかける。ルイズはそんな当麻をキッと睨む。 「なんでよ! あんた怪我してるじゃないの!」 「あーすみませんこの子ちょっとオーバーリアクションで……な、ちょっと向こうへいこうか?」 「あ、ちょっと! 何してんのよ!」 ルイズの手を引っ張り扉から離れる。看守の男は首を傾げながらも再び座り込んだ。 「とりあえず落ち着いてくれ。向こうをあまり刺激しちゃマズイ」 「なにムゴゴ」 よ、と言い切る前に当麻が口を塞いだ。しばらくして放すと、ルイズは顔を伏せ、黙った。 「確かに何も言わなかった俺が悪い。けど俺達は姫様から授かった重要な任務のまっさだなかだ。あそこで俺の治療の為に時間を使うわけにはいかなかったんだ」 そう、ラ・ロシェールでもそうだったが、『目的地に辿り着くのが任務』なのだ。だからタバサ達を犠牲にしてここまできた。 その事実があったからこそ、当麻は弱音を吐かなかった。しかし、ルイズにとってそんなのはどうでもよかった。 「あんたはわたしの使い魔なんだから……心配かけさせないでよ」 肩が震えている。顔を隠しているがヒック、と言葉を吐き出す。 「えとー……ルイズさん。もしかして泣いていらっしゃるのでしょうか?」 「泣いてないもん……、絶対に泣かないもん……」 当麻は困った。正直自分が悪い。全責任が当麻にある。慰めようにも多分言う事を聞いてくれないだろう。 仕方なく当麻はワルドの元へ向かう。 「慰めてやってください」 状況を理解していたワルドは黙って頷くと、当麻の代わりにルイズの元へと向かった。見たら殺されそうな気がしたので、視線を違う方へと逸らした。 と、扉ががたんと開いた。空賊の一人が入って来ると、三人に話しかけた。 「頭がお呼びだ」 当麻達三人が連れていかれた部屋はかなり立派であった。豪華なデイナーテーブルが中央に置かれている。その一番上座に腰掛けているのが、この空賊船の船長であった。 大きな水晶のついた杖をいじっているのに夢中で、その周りの部下達がルイズ達をニヤニヤと笑いながら見つめている。 ここまでルイズを連れて来た男が、後ろからルイズをつついた。 「おい、頭の前だ。挨拶しろ」しかし、このルイズははいそうですかと頷かない。挨拶の代わりに頭をただ睨み続けた。 すると、頭はこちらを見てニヤリと笑う。 「気の強い女は好きだぜ。さて、名乗りな」 「大使としての扱いを要求するわ」 頭の体がピクッと動いた。 「どうしてだ?」 「わたしは王党派への使いよ。まだ貴族が勝ったわけじゃないから、アルビオンは王国だし、正統なる政府は王室ね。 わたしはトリステインを代表してそこに向かう貴族だから大使ね。だから、大使としての扱いを要求してるの」 「王党派と言ったな」 「えぇ、言ったわ」 「今ここで言うが、俺達は好き放題暴れる代わりに、王党派に味方するような連中を捕まえるという条件があってな――」 「だから何よ?」 頭の会話に乱入する。が、気にせず話を続けた。 「貴族派につく気はないかね? それなら港まで無料で運ぶし、向こうも礼金をたんまりくれるだろう」 「それだったら死んだ方がマシね」 ルイズははっきしと言った。当麻は頭を抱えたくなった。なんというか、貴族というのはきっと交渉が下手なんだなと思った。 (でもまぁ、その姿勢は誇れるぜ) ルイズの体は僅かながらも震えていた。好きで言っているわけではない。怖いのだ。しかし、たとえ怖くても、真っ直ぐルイズは男を見つめている。 そんなルイズに、当麻は彼女の『力』を感じた。 「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」 頭の口調が重くなった。ぴりぴりと緊張が走る。 それでも、ルイズは負けない。負けないつもりだったが当麻が先に口を開いた。 「無理だ。無理です。無理無理無理無理無理無理無理無理ー!」 だー、と両手を大の字に広げる。全員が当麻に視線を向けた。 「あーもう、何度も繰り返すとかどこのアナウンスさんですか。俺達は王党派なんだ。その事実は何があっても覆んねえよ」 「貴様はなんだ?」 今度は当麻を睨み付ける。しかし、当麻にとってこんなのは怖くもなんともない。 「ただの使い魔」 「使い魔?」 「ただのを入れ忘れてるぜ?」 途端頭は笑った。部屋中を支配するぐらい大声で笑った。 「トリステインの貴族は、気ばかり強くてどうしようもないな。まぁ、どこぞの国の恥知らずどもより何百倍もマシだがね」 頭はそう言うと、再び笑い出して立ち上がる。当麻達はあまりの豹変ぶりに戸惑い、顔を見合わせた。 「失礼した。貴族に名乗らせるなら、まずはこちらからだな」 周りに控えた空賊達が、一斉に直立した。なんだなんだ!? と当麻は身構えた。 すると頭は髪の毛をびりっとはがした。それはカツラであった。眼帯を取り外し、つけひげもびりっとはがす。 現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。 「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……いやこの肩書きよりこちらの方が通りがいいだろう」 若者は再び威風堂々、名乗った。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 ルイズと当麻、二人が口を大きく開けた。 前ページ次ページとある魔術の使い魔と主
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レコン・キスタ。 アルビオン王国を中心に起こっている宮廷革命運動の中心組織。 そのアジトの一室に一人の男がいた。 名前はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。 これはアルビオン王国が滅んだ戦いでの、彼の行動の記録である。 「入るよ」 ノックの音と共にフーケが入ってきた。 ワルドは振り向くことなく話す。 「何の用だ?」 「そろそろ出撃だから呼んで来いってさ。まったく、何で私が使い走りなんて…」 フーケが文句を言うがワルドは無視して作業を続ける。 「何をやってるんだい?」 「…仮面を作っているんだ」 「もう持ってるだろう?」 「いや、本体が付けるヤツだ。目印になる物が有った方がやりやすい、と言われてな」 今回のワルドの任務は戦闘ではない、手紙の奪取だ。 故に偏在を戦闘する者と奪取するに分け、味方への目印にする。 その際に戦闘する者の仮面を着けている場合は援護攻撃に、 奪取する者の仮面を着けている場合は防御に、 そのように分けた方がやりやすいのではないか、という意見が出たのだ。分かりやすく言うとサッカーでキーパーだけユニフォームの色が違うのと同じような理由だ。 あまり意味が無さそうだとは思ったが『あまり手間ではなさそうなのでとりあえずやっておいてくれ』と上官に言われてはやるしかない。 だが一つ問題が発生した。 最初は渋々と作っていたのだが、だんだんワルドはそれが楽しいと思ってきた。 よって机の上には15種類の仮面が並んでいた。 「どれが良いと思う?」 「私に聞くな」 制作No.07 正方形の下に逆三角形を付けた様な形の白い仮面。 目の所は大きな黒い丸で、口は赤い色で形は上が無い半円形。 結局ワルドはこの仮面を選んだ。 「決め台詞も考えてある」 「それはいいから早く行きな」 しかしワルドは仮面を着け、ポーズをとった。どうあっても決め台詞を見せたいらしい。 「いろどりましょう食卓を みんなで防ごうつまみ食い 常温保存で愛を包み込む カレーなるレターハンター 快盗ワルドただいま参上!!」 「はいはい、凄いね」 フーケはもうコメントする気もないらしい。 「だろ?だろ?」 さっさと行けよ。 そして目的の城が見える場所まで移動する。敵はパーティー中らしい、奇襲には好都合だ。 「ユビキタス・デル・ウィンデ……」 偏在の魔法を唱える。この魔法は唱えたものの分身を作り出す魔法だ。 ワルドが作れるのは最大で四人。自分を合わせて五人で戦うのが普段の使い方だが今回は違う。 分身四人を囮にして、その隙に本体が手紙を盗んでくる作戦だ。 敵の真ん中に突っ込むのに本体も行っては危険だ。だから分身で騒ぎを起こし、混乱させる。 盗みに行くのはワルドでなくても良いのだがワルドなら分身の状態を把握できる為、逃げやすい。 分身四体が仮面を付け、突入した。 分身を突撃させ、ころあいを見計らって本体はルイズの部屋にフライで回りこみ潜入する。 「ふっふ~ん。潜入完了♪」 鼻歌を歌いながらルイズの部屋に入っていた。 「まずは鞄からだな」 鞄を漁る。そして封筒を見つけた。 「これだな。アルビオンの封筒だし間違いない!」 意気揚々と手紙を懐にしまい、再び漁り始めた。 「他には何かないかな~♪むむっ!これは!」 何か見つけたのか? 「ルイズのパンツだ!ラッキー!」 ラッキー、じゃねえだろ! 「これを好きにしていいんだよな?俺ロリコンだし問題ないよな?」 認めた。ロリコンって自分で認めたよコイツ。 「被ったり、舐めたり、何をしても良いんだよな!?」 そのまま何をしようかしばらく考えるロリコン仮面。 だがしかし…ロリコンは偏在の全滅を感じた。 「うん?偏在が全滅したか、仕方ない名残惜しいが引き上げよう」 窓から帰っていくロリコン。 イギーが来た時、そこは『かなり無残に』荒らされていた。 フライで飛びながらロリコンは考える。 「うーん。やっぱりパンツは持ってきた方が良かったかな?」 何を考えているんだお前は。 「やっぱり取りに行こう!」 そしてUターン。 だが城は火に包まれていた。 「あれ?城が燃えてる?」 燃えてるね。 「パンツも燃えちゃう!」 そういって全速力で城に戻るロリコン。 そして城の屋根に着地し、ルイズの部屋の場所を思い出す。 「えーと、えーと、どこだっけ?」 迷い続けてやっと思い出した時、 城で爆発が起きた。 「うわわわわわわわわ!」 爆発に巻き込まれはしなかったが、今の爆発で火の手が強くなり、このまま取りにいったら命が危ない。 彼は命かパンツかの二択に迫られた。 「パンツに決まってる!とう!」 華麗にルイズの部屋に飛び込む。 だがそこには何も無かった。 「部屋を間違えたか…」 だな。 そして出ようとして足を滑らせ、ころんで頭を打って気絶した。 次に目が覚めたときはベッドの上だった。 「おお、ワルド子爵。目が覚めたかね」 声をかけてきたのはレコン・キスタの総司令官クロムウェルだった。 「ここは…?」 「我々のアジトだ。だが安心したまえ、戦いには勝った」 「そうでしたか…」 どうやらあの後死なずに済み、仲間によって運ばれたらしい。 「して…目的の手紙は?」 ロリコンは懐から封筒を出し、クロムウェルに手渡す。 クロムウェルは封筒を開け、中の物を読み始めた。 だが、その表情が次第に曇っていき、一応最後まで読んだ後にロリコンに声をかけた。 「これは、目的の手紙ではないようだが?」 「え?うそ?」 敬語を使えよ。 ロリコンも封筒の中身を読む。 だがそれはアンリエッタがウェールズにあてた手紙ではなく、アルビオンにあるレストランの食事券だった。 「…今度食べに行きます?」 「あ、良いね、行こう」
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ラ・ロシェールにて。 ルイズたちが乗り込んだ船が形を変えてゆく!力が上がりスピードが増す。 予定より一時間も早くアルビオンに到着。 その後その船はレキシントンに衝突し、今度はレキシントンの姿が変わる。中では兵士たちが襲い来る船の部品と戦っている。 しかし、時間の問題だろう。この世界の征服も夢ではない。 そんなことをストレングスは『異世界の書物』を読みながら考えていた。 フーケ戦とかのことは気にしないでくれ